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 私は問う。
「それは、どういう意味で」
「黒髪黒い瞳の巫女は、この国だけの話ではない。大陸の各国に多少の差はあるが人々に希望をもたらす存在として伝えられている。その存在は神格化されている。その娘が、今、この時期に我が国に突然、現れた。その意味が分かるか」
「ああ、なんとなくですが」
 つまり、民衆の心を掴む、恰好の広告塔というわけか。アジテーターとして使い道は様々に考えられる。
 しかしなぁ……美香ちゃんは私から見ても頼りないだけの、まだ十七才の小娘以外の何者でもない。ああ、だから、今、体裁だけは整えられるよう、最低限の行儀は弁えさせようという教育の真っ最中というわけか。なるほどね。外見さえ整えば、傀儡《くぐつ》として使える。
「今、ミカを失うわけにはいかない、この国の為に。また、私個人としても彼女の存在は希望そのものだ」
「だとしても、その為に私はどうなってもかまわないと?」
 ああ、段々と自分がやさぐれていくのが分かるぞ。目付きはどんどんと悪くなっている事だろう。
 畜生、考えろ、考えろ! 頭を働かせろ!
 このままだと無駄死に必至だ。何の価値もない人間が人質となったって、行く先知れている。役に立たないから開放なんて、国家間の問題では有り得ない。
「そうは言わない……いや、そうだ。君ひとりの犠牲で大勢の民の命が救えるならば」
「阿呆かっ! 誰がそんな理屈を、『はい、そうですか』、って納得できるものかっ!」正直すぎて、ムカついた。だから、威嚇する。「だったら、私が行ってどうなる! それこそ、なんの意味もないだろうが!」
「意味ならあるさ。ミカと同じ時をして現れた君ならば、巫女の名代として名乗るに相応しいし、その白い髪も黒い髪同様、神に遣わされた存在としての名目に役立つ。その上、こうして話すのは初めてだが、君は聡明だ。女性としては充分すぎるほどに」
「おだてたって、その気にはなりませんよ」
「それは残念だ」
 こいつ、ハッ倒していいですか? このケツ顎小僧がっ!
「そんな事したって、その場の一時凌ぎにしかならない事は、あなた方にも分かっているんじゃないですか」
「僅かな時でも時間稼ぎにはなる。その間に打開策を見付けて、なんらかの方策を立てる事はできるだろう」
「随分と楽観的ですね。それとも、今度はグスカに使者を送って、同盟を結びますか。対ランデルバイアの共同戦線を張る為に」
「必要とあらば」
 笑える!
「私程度に考えつくことならば、ランデルバイアだってとうに見越しているでしょう。それに、逆に火に油を注ぐ結果になるかもしれませんよ。馬鹿にするな、と私の首を刎ねた上で、速攻で攻め込んでくるかも」
「それはないな」
 即答があった。
「何故、そう言い切れるんですか」
「アウグスナータ王は愚かではない。攻め込むにしても時期を見るだろう。現時点で我が国を制圧したところで、益は少ない。農地を荒らし、疲弊した民を更に疲弊させて獲得したとしても、逆に国庫の負担になるばかりだ。早くとも、作物の収穫が得られる夏から秋を狙って、冬までの短期決戦を望んでくるだろう」
 ああ、そういう事か……ランデルバイアは、一時的な領地の拡大にさして重要性を持ってはいない。最少の被害での利益獲得を狙うと。
「つまり。私はどうであれ一時凌ぎでしかない、という事ですか」
 どういう形であれ、回答は必要。無視をすれば、開戦の意思ありと見なされる。それではまずいので、回避の方向でいるという意思を示すための、取りあえずの間を繕うための使者。次の一手を稼ぐまでの捨て駒だ。元より国民ではない為、痛くもない。思いっきり、カス扱い。結局、私は無駄な足掻きをしただけのようだ。
 それには答えはなかった。私は歯を食いしばり、言った。
「私に選択の余地はないんですね」
「我々の上では、既に決定事項だ」
「ランデルバイアもそれを承知したんですか」
「現在、交渉中だ」
 その為の王との会談だったわけか。それを知らずに私ときたら、まぁ……
「出発はいつになりますか」
「エスクラシオ大公殿下の返答如何では、明日にでも共に発ってもらう事になるだろう」
「ランデルバイアまではどのくらいかかりますか」
「王宮までは馬で約十日余りというところか」
「私、馬になんか乗れませんよ」
「馬車を用意する。ほか、旅に必要なものはこちらで揃えさせて貰う」
「そうですか」
 あと必要な事は? 私はまだ考える。考えることしか私には出来ないから。
「名目にしても、特使なんですから、話合いをする為の内容が必要です。形式だけにしても」
「それについては、草稿と王への書状を用意する。君はその草稿の内容を伝えてくれるだけで良い」
「あと、お願いなんですが、簡単なもので結構ですので、ランデルバイアの国の概要が分かる資料と、アウグスナータ王の人となりとか系譜とかが分かる資料。そして、出来れば、グスカについても同様の資料をご用意頂きたいのですが」
「そんなものをどうする」
 私は首を竦めた。
「どういう扱いをされるにしても、どんな経緯があってどんな理由があるのか、出来るだけ知っておきたいですから」
 違う。情報が欲しいのだ。交渉の余地があるなら、どこかに生き延びるための方策がないか切り口だけでも捜す為に。私は結構、諦めが悪い性質だから、自分を納得させる為にも。それでなくとも、十日間の旅の間の暇潰しぐらいにはなるだろう。
「分かった。用意させよう」
 不可解そうな顔をされながらも、承諾があった。あとは、
「美香ちゃんにはこの事は」
「悪いが伏せさせて貰う。きょうは会うのも控えて貰おう。私から適当に理由はつけておく」
「せめて、施設のみんなには挨拶をしておきたいのですが。私の荷物もありますし」
「認めよう。ただし、兵はつけさせて貰う」
「逃げたりはしませんよ」
「護衛の為だ」
 ハッ!
 思わず、嘲笑の声が口から吐いてでた。

 ……マジ、ぶっとばしてぇ、こいつ!




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