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 自分自身をアピールするとすれば、どうするか。
 多分、私にとってのいちばんの難問はそれだろう。婚カツなんかにも及び腰になってたのはそういう事。広告の仕事なんかしていて、自分のアピールが出来ないってのも変な話なんだけれど、仕方ない。
 私自身、自分が可愛げのない女だって事は分かっている。がさつだし、酒も煙草も飲むし。徹夜で仕事して、目の下に隈ができている事なんてしょっちゅうだし、時々、肌とかガサガサだったりするし。口を開けば、理屈が先行するし。不細工と罵られる事はなくとも、異性にとって魅力的とは言い難いだろう。
 別れたオトコにも、お決まりの台詞を言われたりもした。
「霞は僕がいなくても、充分、ひとりでやっていけるよ」
 オトコってほんと馬鹿。
 分かってらい、そんな事。だったら、必要だって思わせてくれたら良かったのに。私がして欲しいこと、なんにもしてくれなかった癖に。
 ぎゅってして貰いたい時だって、頭撫でて貰いたい時だってあったんだい。でも、疲れているからって言うから我慢したんじゃないか。負担になりたくないから、嫌われたくないから、愚痴とか言わないようにしてたんじゃないか。
「あなたがいなければ生きていけない」、なんて言われれば速攻で逃げるくせに。
 甘えたくない女がいるもんか、ばぁあかっ! おまえなんか、性悪女に食い物にされて、貢いだ揚げ句に借金だけこさえて捨てられちまえっ!
 結局、私はこんな言い方しか出来ないのだ。それで良いと思っていた。構わなかった。
 でも、それと逆の事を言われたら……別に働き掛けたりしていないのに、まだ、良く知らない人たちから優し過ぎる言葉を貰った時、なんて答えたら良いのか分からない。しかも、私の命を奪うかもしれない人たちに。
 ほんと、なんて答えたらいいんだろう? みんな、なんて答えるのかなぁ……

 それからも二日間、私は砦の一室に暮して、すべての包帯が取れて湯浴みができる状態にまで回復したところで、やっと、旅が再開された。
 でも、私が寝込んでいる間に、エスクラシオ殿下は先に出発したとかでいなくて、代わりにレティが加わった。まあ、自国の中での移動だから、問題ないのだろう。
 やはり、みんなとは少し気まずい雰囲気になってしまった中で、レティの存在は助けになった。明るい彼女の雰囲気に引っ張られて、半ば無理矢理に互いの距離感を修正することが出来た。形だけでも。
「大丈夫ですか。辛くないですか。傷、痛みませんか」
「うん、大丈夫。有難う」
「辛くなったら言って下さいね」
 レティは心配性だ。予想通り、ちょっと早合点なところもある。そんなところは、のんびりしていると思うほどに大らかな性格のルーディとは対照的だ。でも、そういうところが可愛い。ふたりが会えば、きっと直ぐに良い友達になれるだろうに……そう思う。でも、無理なんだよなぁ。
 民族的にはどうか知らないが、人種的にはそう変わるものではないだろう。せいぜい、イギリス人とイタリア人程度の差違しかないだろう。偶に単語や発音の違いはあるみたいだが、言葉だって概ね通じる。コミュニケーションを取るのに、それほど苦労する必要はない。
 それでも、見えない国境というものが、人々を遠く隔てる。
 アストリアスさんからの言葉から、あれから私は少し考えてみた。
 結局、どういう形であれ、アストリアスさんたちが抱く気持ちというのは、エゴイズムというものなのだろうと思い至った。また、それを私に話した行為も。
 アストリアスさんもそれを分かっていて、私に話したのだろう。殿下の為にも。
 ……恨んだりしないよ、殿下の事は。男前だし。ファーデルシア国王とケツ顎王子は恨むけれど。なんで、あいつらの代わりにボコられなきゃいけないんだよっ! そう思ったら、今更ながら、腹が立った。遅いって、私。
 それは別にしても、アストリアスさんたちも悩んでいるんだろうな、と思う。愛国心と騎士道の間で。
 肉体的弱者である私は、本来、騎士としては守らねばならない存在なのだが、国としては、邪魔な存在。
 ……まあ、運が悪かったよね、と私としては言うしかない。そう、お互いに運が悪かったんだ。
 多分、答えはこれで正解。
 でも、そんな事を言ったら、また叱られるんだろうなぁ。

 それからの旅は、いや、凄かった。
 途中の宿泊地は、カリエスさんとランディさんの領地を経由するとあって、おふたりのお屋敷に泊めて貰った。というか、どうやら、例の件があって私の身の安全を考慮して、当初の予定ルートから変更したようだ。皆、はっきり言わないけれど、雰囲気からそんな感じだった。
 いや、でも、ほんと、『冥土への良い土産ができました。有難う御座います』って手を合わせて拝みたいほど良い目の保養をさせて貰った。
 というのも、カリエスさんは伯爵で、ランディさんは子爵の称号を持つお貴族さまだった。アストリアスさんに至っては、侯爵。
 カリエス・グランド・イル・トルケス。
 ランディ・ハウゼル・イル・ベルシオン。
 アストリアス・クリストフ・イル・ガルバイシア。
 そして、爵位は未だ持っていないけれど、伯爵家の三男坊である、グレリオ・レスターク・イル・ユードムント。
 これが、彼等のフルネーム。えらい長ったらしいところが、それらしい。『イル』ってのは、『ド』とかそいうもんらしい。貴族の名前にはもれなく付くってやつだ。
 すげぇ! 私は知らずして、身分制度の見本市の中にいたってわけだ。
 よって、瀟洒なお城風のお屋敷自体も驚きに値するものではあったのだけれど、それよりも。美術品の宝庫とまではいかないけれど、調度品とか置いてある小物とか、『良い仕事をしてますね』物が揃っていたんですよう、奥さん!
「うわあ、ちょっと触ってみてもいいですか、これ」
「いいが、手を切らないように気をつけろ」
「凄い、細工、細かいっ! 刃のところまで彫ってあるんですねぇ。すごい手間かかってますよね、奇麗だなぁ。一流の職人さんなんですよね、これ彫ったの」
 彫りの確かさはエッジに表れる。だが、それよりも先に、良い物は見ただけでオーラを感じるのだ。
 壁に飾られていた短剣を手に取り、カリエスさんに訊ねると、
「いや、昔から家にある物で誰の手によるものかは知らないが、ずっとそこに飾ってある。剣としては実用性のないものであるし」
 と、さして興味のなさそうな答えがあった。勿体ない!
「そういうものが好きなのか」
「好きですよう。奇麗な物や芸術品を見るのは大好きです」
「他にもそれらしき物があるが、見るか」
「見る! 見たいです! 見せて下さい!」
 もう、大興奮!
 というわけで、日本ならば息も届かない展示ケースの向こうにあるような物を、散々、手でいじくりまわして愛でさせて貰った。花瓶やら、タペストリーやら、カリエスさんには、これまでどうでも良い物としてきたものに、私がいちいち、「おお」、とか、「すげーっ」、とか歓声をあげるので、驚いたらしい。飲んでいたお茶の皿の裏までひっくり返して見始めたのには、流石に呆れた様子をみせていた。私的なヒットとしては、エミール・ガレ風のリアルな蛙のペーパーウェイトだったりしたのだが、あんまり撫で回すので不審な目で見られた。
 でも、堪能。ご馳走さまでした。少しは元を返してもらえた気がする。
 私ひとり大興奮で勝手に盛り上がっていたのだが、後からレティが、「皆さん、キャスが元気になったって安心されていました」、と教えてくれた。
「貴方がこんな風にはしゃぐなんて思いもしなかったみたいです。こんな事なら、もっと早くに見せてあげれば良かった、っておっしゃってました」
「なんか、気遣いさせちゃいましたね」
 私が言うと、レティは笑った。
「たまには、気を遣わせてやればいいんですよ。うちのお兄さまなんかぜんぜん気が利かなくって、勝手ばっかりしているんですから」
 と、日本のマダムたちが普段、口にしていそうな事を言ったので、ちょっと笑えた。
 次の日のランディさんのお屋敷も、観賞に値するものが沢山あった。特に絵画が充実していた。宗教画風のものや、肖像画、風景画など。あと、彫刻。
 うはっ、ハーレムじゃっ!
 でも、あんまり見るべきものが多過ぎて、疲れたのも確か。美術館での一回の展示観賞は、規模にもよるけれど、だいたい二時間以内が平均だったからなぁ。しかも、病み上がりで体力が落ちているし。
 でも、一通り観賞し倒して満足して落ち着いた私に、レティが言った。
「では、これから国王さまにお目通りする時の式の流れと儀礼の仕方を、簡単にですけれど、お教えしますね」

 うわ、そんなもんあったかーっ!




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