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乗馬のあと剣術の指南まで受けて、夕方、漸く開放された私は、へろへろになりながら自分の仕事場である書斎へと戻った。
途中、廻廊を歩いている時に顔なじみになりつつある兵士さんたちと行き合って、ぐりぐりと頭を撫でられるというか、弄られた。
「坊主、ちったあ上達したか」
「まあ、少しは……」
そう答えると、「そうか、そうか」と大声で笑って、私の背中をバンバン叩いた……いたい。
兵士さんたちにとって私は、エスクラシオ殿下の直属の部下と知っていても、功績もない私は身分上、同等かそれ以下で、なんだか良く分からないが、大将のお傍につくことになった世話係かパシリかだと思っているようだ。
それに、私は特に言う必要もないので、女だという事は伏せている。いらん誤解を与えてもなんだし、いちいち立場を説明するのも面倒くさい。そんな事で煩わされるならば、誤解されていた方がマシだ。短い髪や体形から充分に男に見えるそうなので、己の身を守るためにもその方が都合が良いのである。
だから、階級章も何もない真っ黒なだけの軍服を身に着けているただの新米の、やけに細っこい十四、五才の小僧と思って、こうして気軽に声をかけてくる。
因みに軍服は、一番小さいサイズらしいが、私にとってはぶかぶかだったりする。胸周りとか……ちくしょう、こいつらどういう身体の厚みしてんだよ!
デザインは真っ黒で、ハイネックのシャツにズボン。その上から袖のないポンチョというのか、一枚布に首を通す穴だけ空いた上衣を被って、腰のベルトで留める形。その丈は前後に特攻服並みに無駄に長く、ズボンはヤンキー並みに太く、裾を折り返して履いている。元々ワイドパンツなら恰好もつくが、くっそぉ、だせぇ! 学ラン誂えたばかりの中学生か、私は! それでもって、膝丈のブーツだから、ニッカーボッカー? 中はごわごわで気持ち悪く、歩きにくい。
如何にそれなりに快適に、ちったぁマシに見えるように着るかで、毎日、苦労している。
「それで、最近の殿下の御様子はどうだ。そろそろ出陣か?」
「さあ、どうでしょうか。御忙しそうではありますが。もう少し先になりますかね」
でも、結局、こういう目的あっての事。
いつ戦になるか、戦う身としては、できるだけ早く情報が欲しいのだろう。そして、私も。
「最近、何か面白いこととかありましたか」
「いんや、別にこれと言ったことはないぞ」
「そうですか」
「なんだ、気晴らししたいのか? だったら、今度、一緒に街に連れてってやってもいいぞ」
にやにやとした笑いが、私を見た。
「……いや、遠慮しておきます」
「そう言うなって」
私の肩に太い腕が回された。そのまま抱え込まれるように、体重をかけてくる。おい、重いぞ! それに、臭いっ!
「街にゃあ女が沢山いるぞ。こう胸も尻もでっかくて、柔らかくってなぁ……いいもんだぞ。おまえみてぇなガキにも喜んで、手取り足取り教えてくれるだろうさ」
いらんわ、そんなん! なにを教われっていうんだっ!
「それに、最近、街外れに流れ者の旅芸人の一座が来ていてな。そこの踊り子の女が、そりゃあもういい女で、こう腰がきゅっとしまっていて、」
「キャス」
兵士さんの話を遮るように呼ばれた。声の方を見れば、騎士のグレリオくんが立っていた。
途端、兵士さんは私から身体を離し、敬礼の姿勢を取る。
「閣下が御呼びだ」
「あ、はい」
グレリオくんは兵士さんを一瞥すると、さっさと歩き始めた。私はその後を急いで追いかけた。
廻廊の角を曲がって兵士さんが見えなくなると、グレリオくんは立ち止まって静かに言った。
「キャス、気をつけないと。自国の兵とは言え、なにをするか分からないんですから」
ああ、呼んでいるっていうのは、引き離すための口実だったか。
「すみません。でも、大丈夫ですよ。私のことを男だと思っていますから」
「それにしても、危ないです」
おお、きっぱり言ったな、ボク。……って事は、なんだ。男同士のアレもあるって事か。まあ、環境的にありそうではあるけれどなぁ。
「気がたっていれば、弱い者に手を出していたぶろうとする者がいる事は、あなたも分かっているでしょう」
あ、ごめん。そういう意味だったか。おねいさん、すっかりスケベな方に頭がいっていたよ。
「ああ、でも、今の人は大丈夫ですよ。次の出陣がいつ頃になるか知りたがっているだけですし。それに、私もああいう人たちの知る情報も欲しいところですから」
「それにしたって、気をつけて下さい。あまり馴れ馴れしくなりすぎないように」
女性なんだから、とグレリオくんにしても口にしない。
「うん、気をつけます。有難う」
「いえ」
栗毛ふわふわ髪のグレリオくんは、こういう時、わんこみたいに見える。ラブラドールみたいな感じ。よしよしと撫でてやりたい気分だ。がたいは、私よりずっと大きいんだけれどさ。
「じゃあ、私、行きますね」
「くれぐれも気をつけて」
なにを? 君、ちょっと心配しすぎだ。そんなんじゃ、カノジョに誤解されるぞ……ああ、レティ、元気かな。今度、ランディさんに会ったら訊いてみよう。
私はそんな事を思いながら、自室への道を辿った。