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「流布する内容だが、そちらは考えてあるのかね」
 今度は、アストリアスさんからの質問。
「そちらもまだです。が、国民、兵士共に、王族、或いは大臣、将軍クラスの醜聞を広めるのが有効かと思います。戦場から離れた所でひとりだけ利益を得ているなど。例えば、補給物資の横領や税の無駄遣いなどです。ひとつはなにかしらある筈なので、それを誇張し広めます。これは上層部への不審を与えるだけでなく、噂が大きくなればなるほど、政治的にも混乱を招くでしょう。上手くいけば、内乱を引き起こし、こちらへ寝返る者が出る可能性もあります。同時に我が軍が進軍するにしたがい、国民により紳士的な態度を取り、被害を最小限に留め、略奪や暴行などを行う事なく行き過ぎれば、その分、好意的とまではいかないまでも、侵略後の処理や統治が楽に行えるかと思われます。それと、これも出来れば、の話ですが、兵士の間に賭事を流行らせるのも良いかと考えています」
「賭事とは」
「娯楽のない戦場では、僅かな楽しみにも飛びつく兵士はいるでしょう。ほか、金銭目当てで戦場にいる兵士も少なからずいるようですし。発生する金銭の貸し借りが大きくなれば、個人的な諍いの種になります」
「末端の兵士の綱紀の乱れを促すわけか」
「はい。細かいところですが、そういった事が全体の士気にも影響するかと思います。が、逆に皆さんの方が、困った状況というのはお分かりだと思いますので、手段さえあれば、それを相手方に広めれば良いわけです。通常では事実あっての事ですが、今回は、それを作りだすわけです」
 セグリアさんが、ひとつ鼻を鳴らした。
「そう上手くいくものですかな。大体、噂など当てにならないものです。それに、広まるとも限らない。大体、それが広まるまでに如何ほどの時間がかかるものか。広まった頃に戦が終っているとも考えられる」
「それについてですが、この王城の中だけでしたら、内容によっては一日で広まる事が可能である事は実証済みです。つまり、ひとつの戦場に於てでしたら、二、三日もあれば、広まるかと考えられます」
「ほう、実証されていると」
「はい」
「それは、どんな内容かね」
 内容……言っていいのか?
 横目でエスクラシオ殿下を見れば、無表情に渡した企画書を眺めていた。
「内容は……図らずも、一昨日、私がアストラーダ大公殿下に御一緒して西棟の廊下の真ん中で茶会が行われた件です。その時、エスクラシオ殿下以外にいらっしゃった方はいませんでしたし、誰も通らなかったにも関らず、次の日には、少なくとも騎士レベルにまで噂は広まっていました。確認はしておりませんが、噂の出所はメイド達かと思われます」
「ほう」
 不機嫌そうにセグリアさんは頷き、アストリアスさんは咽喉の奥で笑った。
「あと、これも意図することなく流れた噂があるのですが、今、それがどの辺まで広がるか検証中です」
「その内容とは」
「昨日、流したものですが、私にアイリーンという女性の亡霊が取り憑いているという噂でして」
 今朝、なんとなぁく、通りすがりに私を見る兵士たちの目付きがどこか怯えていた原因はそこにあるのではないか、と思う。まだ、確証はないけれど。
 アストリアスさんの肩が大きく震えているところをみると、多分、アストリアスさんの耳にも既に入っているのだろう……意外な程に早い。レキさん、そんなに言いふらしたのか? それとも、カリエスさんが伝えたものか。……みんな暇なんだな。ホラーも立派な娯楽だって事は間違いないらしい。ジャパニーズホラーは、世界的にも通用するからな。四谷怪談なんか、こちらでも有効かもしれない。
「こちらの件に関しましては、噂の広がり具合を確認しつつ、内容の変化と兵士たちの反応も観察をします。或いは、こういった他愛ない内容にしても兵士たちに動揺を引き起こす可能性があるという実証になるかと思われます」
「確かに、注目すべき点だな」
 笑いながらのアストリアスさんの同意があった。
 セグリアさんは、むっつりと不機嫌そうだ。
 私は頷いた。
「戦場という特殊環境の中では、特に慣れない一般民兵、新米兵士などは僅かでも目先の変わったものに目がいきやすく、普段では大した反応のない事でも大きな作用が得られることが考えられます。今回のこの提案に関しましては前例のない事ですし、直接的に敵側にダメージを与えるものではないですが、味方の人的被害を減らすと共に敵国の領地内の被害を減らすことにより、戦後処理の手間の軽減とかかる予算の軽減を目的としており、軍事作戦と連携して行えば効果は期待できると考えられます。私からは以上です」
 ふう。
 言いたい事は一応、言ったけれど、プレゼンの出来としてはあんまり良くなかった。こちらでの遣り方に慣れないせいもあるけれど、資料不足の感が否めない。畜生、もう少し準備期間があればなぁ……って今更、言っても仕方のない事ではあるけれど。  横目で伺うエスクラシオ殿下の表情は部屋を訪れた時と変わらず。話を聞いていなかったんじゃないかと、不安さえ感じる。まるで、無関心とさえ言える態度だ。
 だが、少なくとも企画書には目を通してはいるわけだから、頭の中では何かを考えているに違いない。出来れば、私にとって良い内容であって欲しいけれど、どうだか。あまり期待ももてそうにないか。
 そのエスクラシオ殿下が、手にしていた企画書を机の上に置いた。
「御苦労。以降、こちらで検討する」
「有難うございます。宜しくお願いします」
 私は、上司たるその人に頭を下げた。取り敢えず、この場で突っ返されるって事だけは避けられるらしい。それだけでも、良しとしよう。
「下がれ」
「失礼します」
 それでも、エスクラシオ殿下から私に向けられた視線は、来た時と帰る時のこの二回きり。あまり期待も出来ないか。遣直しを命じられた時の為に、新しい企画を用意しなきゃな。
 私は退出した部屋の扉の前で、息を吐いた。
 ……疲れた。それでも、今だけは休もう。
 私は廊下を歩き始めた。




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