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 ところが、だ。そこからも来客が続いた。
 まず、顔を出したのは、ランディさんだった。ここの警備主任だから、一応。
「コランティーヌ妃の訪問があったと報告を受けたんだが」
「ええ、来ましたよ。雷が怖くて立ち竦んで動けなくなったから、ここで休ませろって」
「それだけ?」
「気を紛らわせる為の話し相手を所望されました。それで、お茶飲んで話しただけです」
「どんな話をしたんだい」
「雷がどういう場合に危険かって話と、エスクラシオ殿下との関係を訊かれました。だから、仕事を手伝っているだけだって答えました。それ以外は猫の子ほども気にされていないと言ったら、安心されていましたよ」
 そう答えると、ランディさんは言葉をなくしたようだった。
「かなり誤解があったみたいです。というか、現在進行形で皆さん誤解しているみたいです」
「……ああ、ウサギちゃん、怒っているのかい」
「別に。ただ、馬鹿馬鹿しいと思っているだけです」
 仕事を邪魔されたしな。そこは、月にかわってお仕置きするぞ、だ。
 こどもを宥めるおとなの表情が、ランディさんの顔に浮かんだ。
「君については非常に説明がしづらくてね」
「分かっています。『これ』のせいでしょ」
 私は自分の右目を人さし指で指した。あっかんべー!
 何故、これほどまでに私が保護されなければならないか。すべてはこの黒い瞳の色のせいだ。
 この世界では、私は稀少生物だ。しかも、大陸の覇者の母親に成り得るという伝説のおまけつきで。更に、その伝説に出てくる巫女とは髪の色が違うために、余計にややこしい立場だ。
 ほんと、キショウでビミョー。レッドデータブックがあれば、掲載間違いなしだ。
 だから、たとえ味方であっても、出来るだけ気付かれないようにするに越した事はない。人の口に戸が建てられない限りは。或いは、野心だけを肥大化させた、妄想馬鹿が存在するだろう限りは。
 身分に関係なく、私に自分の子供を生ませようとする輩がいないとも限らないのだ。そうなってくると、忠義も愛国心もへったくれもない。
 昼間でも薄暗い城内に暮しているから、それでもなんとか知られずにいるのが現状だ。カラーコンタクトなんて便利なもんはないしな。でも、代わりに、私が保護されている言い訳がつかない。それで、こんな誤解が生まれたってわけだ。
 分かってしまうと、仕方がないな、と思う。私も、殿下も不本意に違いないけれど。下手に言い訳すれば、また別の余計な憶測を生みそうな事を考えると、黙っているのが一番なんだろうな。
 真実を知る数少ない内のひとりであるランディさんは、私の白髪の頭に黙って手を乗せると、ぽんぽん、と軽く叩いた。

 ランディさんが帰って暫くしたら、今度はアストラーダ大公殿下の訪問があった。
「暫く顔を見ていないから、どうしているのかと思ってね」
 私の上司の兄にあたるその人は、沢山のお茶菓子を携えてやって来た。……お菓子をくれる人は良い人だ。
 必然的にお茶の時間となった。
 いつもは私の方から聖堂の控室にお邪魔しては御馳走に預かっているのだが、仕事が立て込んできたここ数日間は、訪れていない。殿下とこうして私の書斎でお茶会をするのは初めてだ。
「懐かしいね。この部屋に入るのはこどもの頃以来だ」
 アストラーダ殿下は部屋を見回して言った。
「そうなんですか」
「うん、ここは私達の遊び部屋でね。ディオともよくここで遊んだよ。偶には兄上とも。今はもう片付けてしまってないけれど、あそこの窓際に小さな台が置いてあってね。そこがチャリオットの定位置だった。私達が遊んでいる間、そこに座って外を眺めたり、昼寝したりしていたよ」
「遊びって何をされていたんですか」
「主に陣地取りだよ。模型と駒を使ってね。色々な地形を組みあわせては、指揮官として軍隊を動かして戦うんだ。その頃からディオは強かったね。滅多に勝つことは出来なかったよ」
「へえ、負ける時もあったんですね」
「うん、それは決まってコランティーヌが来ている時で、私はすすんで彼女を誘ったものさ」
 ……ああ、そういう事ですか。えっらい遠回しにきたもんだな。
 目の前の表情を見れば、素知らぬ顔をして茶を飲んでいる。
「そのコランティーヌ様が、先ほどお見えになられましたよ」
「へえ、そうなんだ。私の所にきょうは遅れるという連絡が入ったのは、そのせいだったんだね」
 と、見事に白を切ってみせて下さる。
「ああ、そちらに伺う予定でしたか」
「うん、毎日、聖堂に祈りに来ているから」
「へえ、信心深い方なんですね」
「さあ、どうだろうね。叶えたい願いがあるようではあるけれど」
「はあ、そんなに叶えたい事ってなんでしょうね」
「まあ、具体的にはおっしゃらないけれど、我が軍の勝利かな」
「ふうん、そうですか」
 上っ面ばかりを流れる会話が続いた。まったく、困ったもんだ。
 私は、ひとり給仕をするメイドさんに言った。
「申し訳ないけれど、手がクリームでベタベタになってしまったから、手を洗うものか水で濡らしたタオルか、どちらでも良いから持ってきて貰えますか」
「ああ、私の分も頼むよ」
 と、アストラーダ殿下もついでのように言う。
 私達の頼みをきいてメイドさんが部屋から出ていくのを待った。
「本当に君は機微に敏いから、嬉しいよ」
 部屋にふたりきりになって、アストラーダ殿下は微笑んだ。
 オフレコの話をするにも、こんな気を遣わなきゃならんのは面倒臭い。
「それで、コランティーヌさまは一体、何がしたいんですか。エスクラシオ殿下に関係する事なんですよね」
 遠慮なく訊ねると、ああ、と憂鬱そうな溜息が洩れた。
「気を悪くしないで聞いて貰いたいんだが、彼女は君のことを随分と気にしていたんだ。君が私の所へ出入りするようになってから、君の事をよく訊ねるようになっていた。多分、今日もそれあっての事だと思うと気になってね。それで来てしまった」
 やっぱりか……
「お気遣い有難うございます。でも、お話しして誤解は解けたみたいですよ」
「そう。だったら良いのだけれど」
「でも、いいんですか、あんなにあからさまな態度で」
「事情が事情だからね。陛下も大目に見ているところはあるよ。実際、いつかはディオの下に戻す気でいらっしゃるみたいだし、彼女もそのつもりでいるのだろうね。だから、多分、まだ御手もついていないのではないかな」
「え? だって、」
 側室だろ?
「実際、理由さえつけば、ディオに彼女を渡すのは簡単なんだ」
「そうなんですか?」
「下げ渡すという形になるんだけれどね。例えば、武功の褒美として、領地や勲章の代わりに。ディオが望めば、だけれど」
「武功の褒美……」
「そういう形であれば、完全ではないにしろ、父親であるフィディリアス公爵の政治的な思惑とは切り離して一緒になる事も可能だろう」
「ああ、それで戦勝祈願ですか」
「うん。それでも、まだ、ディオの方には躊躇いがあるらしくてね。先の褒美の時に申し出るかと思っていたのだけれどそれもしなかったし、彼女としては気が気ではないのだろう」
 あれ? それって、まさか……
 私は、思わず自分を指さしていた。
 アストラーダ殿下は、黙って頷いた。
 ああ。
『かねてより先伸ばしになっていたそなたの武功に対する褒美をここで取らせよう。この者の処遇、そなたに一任する。それで良いな』
 或いは、死の宣告を受けるか、と思われた陛下との謁見の際、そう言われて驚いたのはひと月前の事。そして、私は生きて、ここにこうしている。
 だが、自分を求められると思っていたコランティーヌ妃にとっては、青天の霹靂の出来事であったに違いない。
「それで、ですか」
「うん」
 頭痛ぇ。
「君にはなんの関係もない話だけれど、関りが出来ただけ、知っておいた方が良いと思ってね」
「ああ、有難うございます」
 毎度、毎度、貴重な情報をくれる人は、頭を抱える私を気の毒そうに見て言った。




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