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 爪も牙も持たない人間は、本来、弱い生物である。だから、群れを作って暮す、という話を聞いた事がある。厳しい自然の中で生き残っていく為に人は一致団結、協力しあって生き延びてきた。要は、種の保存の為の知恵というやつだ。その頃の群れのランク付けは、兎に角、力の強さだった。
 そういう風に考えれば、群れの中でのランク付けが価値観を変えて、そのまま身分社会に変化したとも言える。そうでなくても、人というのは分類分けをするのが好きだ。同じ人間の中でも。
 簡単なところで、敵か味方か。類友とか言うけれど、それもそうなんだろうな。そうやって、自然と『仲間』というグループを作っていく。それも、やはり、野生の中で生きていた頃の本能というやつなのかもしれない。民主主義だ、みな平等だ、とか言ってた社会でも、セレブだ、勝ち組、負け組だなんだと事あるごとにカテゴリーが存在していたのだから、特にこんな肉食系の社会ではそれが顕著であったりするし、より敏感にもなってしまうんだろうな、と思う。
 でも、私はこの社会では、どのグループに所属するんだ?
 別の世界から来た私に、そんなもん分かるかよ。無所属ってわけにはいかんのか?
 つか、嫌いなんだよ、そういうの!

 二日後、メイドさん達が張り切って着付けてくれたドレスを着て、アストリアスさんとお出掛けと相成った。
 というか、ドレスがレティの用意してくれたものと違うんですが。サイズもぴったりだし……いつ、誰が用意したんだ? カツラも金髪だし。
「陛下よりのお言いつけでご用意されたものです」
「あ、そうですか……」
 いらん言ったのに、人の話を聞かん兄さんだな。ああ、ひょっとして、前から用意してあったのか? 制服作った時にサイズは測ったしな。
 ドレスは桜色のタイトなスタイルながらお尻を膨らませたデザイン。バッスルスタイルっていうやつだ。胸元をレースでいっぱい飾ってある。モネとか印象派の絵画に描かれている貴婦人が着ているようなドレス。でなければ、ええと、映画のマイフェアレディか。つばの広いデコラティブな帽子と日傘とかさして……とか思っていたら、本当に白い日傘を渡された。縁にフリルのついた。
 スペインの広野には雨が……げーっ。
 はっきり言って、似合わん! 嫌いだ、こんなドレス。歩きづらいし、動きづらい。ストレスが溜る。
 でも、帽子や日傘も出来るだけ目の色を隠す為の小道具と考えれば、諦めるしかない。アストリアスさんは、萎れる私に「似合っている」、と言ってくれたけれど、お世辞とすぐに分かる。
 いや、でも、冷静に第三者的な目で見て、この恰好でビザンティン様式の建物の中を歩いている自分というのは、シュールな光景だと思う。どう考えても、変だ。しっくりこない。冗談にもならない。
 それでも、祭りが愉しみという事もあって、辛抱できる範疇だ。ただで与えてもらって、声高に文句言うのも失礼だしな。ま、ぶつぶつ言う程度。
「少し歩くが良いかな」
「はい、大丈夫です」
 石畳の上はハイヒールでは歩きづらいが、日常で城の中を歩き待っている内、足腰は丈夫になったぞ。階段を一階から四階まで上っても、息切れしなくなったし。脚も怠くならなくなった。
 アストリアスさんの腕に手を絡めて坂道を下る。それだけで、下から音楽や活気溢れる声が聞こえてきた。眼下の道には、沢山の人の波が出来ている。
「賑やかですね」
「そうだね。ここのところ不作が続いたから、今年こそは、というのもあるのだろう」
「ああ、そう言えば、そうでしたね」
 話し声も穏やかなアストリアスさんは、紳士らしく、私の歩幅に合わせてゆっくりとした足取りで歩いてくれる。だから、歩きながら話しても平気だ。
「街へ下りる前に、君に会わせたい方がいてね。少々、付合って欲しいのだが」
「あ、はい」
 誰だろう?
 本道を離れ、裏道を一本奥へと入る。すると、鉄柵で区切られた貴族の住居だろう立派な作りの邸が立ち並ぶ、整備された道が続いていた。
 ここばかりは緑が多く、柵の間から覗く庭には手入れのされた常緑樹らしいコニファーや薔薇、季節らしい水仙などの花が咲いているのが見られた。漂う空気にも甘い香りが混じる。そのせいだろうか。あちこちから、ディズニー映画で聞かれるような鳥の鳴き声が響き渡っていた。
 へえ、こんなところもあるんだ。とても良い散歩道って感じだ。
「奇麗なところですねえ」
 邸は植え込みのせいであまりよく見えないが、尖った屋根がちらほらと見え隠れする。柵の長さで判断する限りは一区画が非常に長く、城ほどではないにしろそれなりに大きな建物ばかりのようだ。
 と、そのひとつの門にアストリアスさんは足を向けた。そして、閉じた門の脇に下がる鎖を引っ張った。
 からん、と鎖に連なる鐘が大きく鳴った。
「ここは?」
「私の邸だよ」
 おお!
 以前、カリエスさんやランディさんの本邸の方にお邪魔した事があったが、あれは本当に良かった。美術品や芸術品、眼の保養になる物ばかり目白押しだった。それが、アストリアスさんの邸となれば、期待大。趣味よさそうだし。
 暫く待っていると、召使いだろう男性が門を開けに来た。
「お帰りなさいませ」
「ただいま。お客様は、もう、おみえになったかい」
 アストリアスさんは頭を下げる召使いに訊ねると、はい、との答え。
「先ほど、おみえに」
「そうか。では、キャス、こちらに」
 アストリアスさんに伴われて、緩くカーブを描く邸までの一本道を歩く。と、植え込みの間から次第に邸の外観が見えてきた。
「うわあ、ビクトリアンハウスだ」
「ビクトリアンハウス?」
「私の世界にもこれに似た造りの建物があって、そう呼んだんです」
「そう」
 ドールハウスのような煉瓦造りのシックな建物と言えば分かるだろう。十九世紀後半、産業革命絶頂期だったイギリス、ヴィクトリア女王の治世の頃の建築スタイルだ。
 しかし、本当にこの世界は、文化がごちゃごちゃになっている。元の世界では、違う世紀に存在していた物がここでは混在している。なんだか妙な夢を見ている気分にもなる。
 アストリアスさんは言った。
「この国は雪が多く降る分、屋根を急にしなければ家が潰れてしまう。だから、自然とこういう形の建物が多いよ」
「ああ、なるほど」
 そう言えば、以前、ユマという村を訪れた時は、スイスやドイツのメルヘン街道みたいな造りのとんがり屋根の家が並んでいた記憶がある。環境に合わせるとなれば、自然とそういう造りになってしまうのだろう。
「でも、素敵なお邸ですね」
「有難う」
 なんだか楽しくなってきたぞ。




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