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 思いがけず、ランディさんが迎えに来た。
「これは、また可愛らしい姿だ。まるで、春風が連れてきたかのようだね」
「……ありがとうございます」
「ああ、そんな顔しないで。折角のドレスが台なしになるよ」
「ランディさんも殿下に呼ばれているのですか」
「うん、他にもいつもの顔触れが呼ばれている。でも、一緒に揃うのは、旅の時以来だろう」
「ああ、会うのもバラバラですし」
「うん、次もあるか分からないし。だから、良い顔をしてくれると嬉しいね」
 ……そういう事か。壮行会みたいなもんか。いや、でも、ランディさんは昼間と同じ騎士の制服のまんまだぞ。なんだか、騙された気分だ。
 ちらり、とメイドさん達の顔を見れば、皆、すました顔をしている。
 しかし、だ。
「そういう事なら、なんとか頑張ってみます」
「いや、そんな風に頑張って貰ってもね」
 ううん、とランディさんは苦笑すると、私に手を差し出す。
「では、参りましょうか、レディ」
 ううむ、君がやると気障いぞ。でも、ここは素直にエスコートを受けよう。本当に、二度とこんな事はないのかもしれないのだから。

 廊下を真直ぐ歩いて、幾つか部屋を通り越した先の扉を開く。と、そこには既に、皆、揃っていた。
 アストリアスさんに、カリエスさん、グレリオくん、ランディさん。皆、共に旅をした仲間だ。カウチなどが置かれた瀟洒な部屋で、グラスを片手に寛いでいた。
 そして。
「本日はお招き頂きまして光栄に存じます、エスクラシオ大公殿下」
 黒い騎士の略装姿を前に、精一杯、正式な礼をしてやった。
「よせ。おまえにそんな風な態度を取られると、何故か嫌みを言われている気分になる」
「滅相も。そんな気は露ほどもございませんよ」
「嘘臭い」
「まあ、酷い」
 わざとらしく手首を返して、頬に斜めに当てて見せた。
 すると、様子を見ていた皆から、軽い笑い声が漏れ出て聞こえた。
「キャスはドレスが気に入らないようなのですよ」
 笑いながら、ランディさんが皆に伝えた。
「どうしてですか。とてもよく似合っていると思いますが」
 グレリオくんが素直にも応じる。
「そういうのではなくて、制服で良いと言ったのですが、メイドさん達に聞いて貰えなかったんです。仕事外でお会いするのに大公殿下に失礼だからと言って」
 正直に答えると、カリエスさんが、ああ、と頷いた。
「偶にそう言う者もいるな。女性だから余計に言われるのだろう」
「しかし、装った女性は目の保養になるには違いないだろうね。男ばかりの中であれば、尚更」
 と、アストリアスさん。
 すると、ランディさんが私の前で、優雅な騎士の礼をしながら、
「むさ苦しいばかりの集いを哀れと思し召して、今宵一時は一輪の花として、我々に心の慰めをお与え頂きますよう」
 と、あまりにも芝居がかった調子に、私も苦笑を溢した。
「毒の棘をもつかもしれませんが、それでも宜しければ」
「なんの、そういう花こそ可憐であったりするものです。それに、花は眺めるだけでも価値があるものですよ」
 そう切り返されたところで、別室に食事の用意が出来たとの呼びかけがあった。

 その夜の会話は、主に音楽や美術、芸術などの話から日常の他愛ない話題も雑えてとても幅広く、和やかなものだった。やはり、ハイソな男性は文化的で話題も豊富だ。聞いているだけで興味深く、面白い。
 これこれ! 日本の男に足りなかったのは、こういうところだよ! ……まあ、中には若干、耳を塞ぎたくなる会話もあったけれど。
「ウサギというのは伊達ではありませんよ。爪も牙も持たない代わりに逃げ足の早さがあると言いますが、それだけではありません。長い耳で音を聞き分ける他にも、斜面の角度を見極め、常に雪崩に巻込まれない位置を判断する敏さがあります」
「そう言われてみれば、一理あるな。確かに、時々、耳を立てて見回しているような雰囲気は感じられる」
「それを言うならば猫も同じだろう。しかもこれの場合は、気付かぬ内にあちこち入り込んではテリトリーを広げている節がある。興味なさげな振りをしたその先で、よくも知らぬ相手に擦り寄り、次には毛を逆立てて威嚇する。斯様な様はウサギにはあるまい」
「しかし、本来、女性には少なからずそういう面があるものでしょう。時には、女性の機嫌を取るのは、戦以上の難事であったりもしますから」
「奥方様もそうであるのですか。そんな風にはとても思えませんが」
「ああ、その内、君にも分かるよ。今はとても想像がつかないだろうけれどね」
 君ら、やっぱり私が女だとは認識していないだろう? グレースさん達に言い付けるぞ!
 因みに、今回、カリエスさんも妻子持ちである事が判明した。子供は双子の坊ちゃんふたりと、お嬢ちゃんひとり。以前、所領のお邸にお邪魔した時に会えなかったのは、殆ど都にある邸にいるからなんだそうだ。話からすると、奥さんはかなりの美人らしい。……君、面食いだったのか。
「それで、求婚はしたんですか」
 話の合間をぬってグレリオくんにそう訊ねたら、口ごもって顔を赤らめた。
 かわええのう。だから、つい、苛めたくなるんだ。
「いえ、まだ」、とグレリオくんは小さな声で答えた。
 おやおや、とアストリアスさんが問う。
「誰かの反対でもあるのかな」
 とんでもない、とランディさんが苦笑を浮かべた。
「端で見ている方が焦れったく、反対する気も起きませんよ」
「では、何かほかに理由でも。家柄にも問題はあるまい」
 カリエスさんが重ねて問えば、いえ、とグレリオくんは俯き加減に答えた。
「ただ、女性には一生の事ですし、こういうタイミングで求婚しても、無理によい答えを引出そうとしているかのようで嫌なのです。私としても、なんというか、もう少し自信を持ててからという気持ちもありまして」
 相変わらず真面目だな、君は。でも、まあ、それは正解かもしれない。求婚してから戦争に行くなんて、死亡フラグを立てるようなもんだからな。
「その気持ちも分かるが」
 ふむ、と、カリエスさんが頷く。
「しかし、物事には必ず契機というものがあろう」
 と、それまで黙って話を聞いていたエスクラシオ殿下が言った。
「一度、契機を見逃せば、二度と巡って来ないこともある。それを見誤らないようにすることだな。それで良き結果を招くにしろ、悪しき結果を招くにしろ、己がそれで後悔しないかが選択の基準となろう」
 それは、自分の話をしているのだろうか。
「お言葉有り難く。しかと心得ておきます」
 グレリオくんの答えに、殿下は小さく、うん、と頷いた。
 後悔……したのだろうか?




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