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 イベントの企画というのは、実は私はやった事がない。
 だが、大体、なにが重要かというのは分かっている。
 インパクトだ。
 兎に角、聴衆の目を引き付ける事。大袈裟な仕草に、大仰な仕掛け。
 まずは、驚かせるのが一番、効果的。そして、パニックに陥ったところを手元に手繰り寄せ、後は畳みかけるようにして煙に巻く。
 ただ、この遣り方は、失敗すると目も当てられない事になる。ドン引きってやつだ。
 そのリスクを負いながら、敢えてやるかどうかを決めるのは、主催者――クライアント次第。
 でも、企画と主催者とパフォーマーが同一の時は……好きにしろって事だ。

 陣の並びは、中央は、ロウジエ中佐の大隊である歩兵と騎馬部隊。その後ろ、少し距離を置いて、ドゥーア中将の率いる戦車を含めた騎兵部隊で固められる。右翼と左翼は、前から弓部隊、歩兵部隊、騎馬部隊、投石器の並び。
 両翼の攻撃は、まず、弓部隊と投石による、中距離と遠距離の攻撃があって、敵が近付けば、歩兵部隊が前に出て戦う。騎馬部隊は……まあ、適当に戦いながら逃げるんだろう。
 作戦としては、実に単純でアバウト。
 まず、私とウェンゼルさんが左翼に突っ込み、煽り立てて敗走を促す。と、同時に他へ行動開始の合図を送る。連動して左翼にいるレキさんや潜入組の仲間が同様に煽り立てて敗走を促し、それに連動して中央前線の中佐が部下達を逃がす、という算段。三人寄れば文殊の知恵とか言うけれど、四人集まったところで、この程度だ。まあ、ゲリラ戦法を得意とする中佐に因るところが大きいけれど。
 状況をみる限りでは、私達の方に有利に働いているようだが、現実、数では圧倒的に不利。少数で広い範囲をカバーしなければならない点や不確定要素が多い点で、やはり無謀なことをやろうとしている事に代わりはない。
 必要な物はすぐに取りだせるように懐に抱えて、左翼の後方からグルニエラを駆って近付く。
 やっと力いっぱい走れる許可の出たグルニエラだけは、御機嫌だ。
 イィーッ、ヤァッハァッ!
 私も、すっかり、自棄。
 並走するウェンゼルさんは、片手にでっかい白旗を靡かせている。シーツを破ったものを槍に縛りつけたものだ。補給部隊から貰ったもので作った。本当は、私が持つのが良いのだけれど、片手でお嬢さんを御することなんて出来ません!
 その状態で、ふたりで整列する兵士達の間を中央突破する。
 そこのけ、そこのけ、雀どもっ、お馬が通るぞ!
 緊張感もピークに達しているところへもってきて、いきなり背後から飛び込んでいった事あって、不意をつかれたグスカ軍は乱れをみせた。
 嘶く騎兵隊の馬の声が響き渡る。
 慌てる兵士達を蹴散らしながら、私たちは左翼の中を駆け回った。
 弓隊の手前、火矢を射かける為に置かれた薪の前で、私は立ち止まった。そして、懐から掌サイズの秘密兵器を取り出して高く掲げた。
 ええい、この御印籠が目に入らぬか!
 ……じゃない。下に下がる紐を引っ張る、と。

 ミョン、ミョン、ミョン、ミョン、ミョン、ミョン……!

 大音響の電子音が流れた。ここでは、絶対に聞く事のできない音だ。雑音の少ないこの世界では、日本の街中よりも更に遠くまで聞こえる筈。
 流石、防犯ベル。破壊力抜群の音だ。持っている私も、耳を塞ぎたくなる。グルニエラとウェンゼルさんの馬だけには事前に、嫌がるところを無理矢理に耳栓代わりに綿を詰めた甲斐あって、なんとか大丈夫みたいだ。でも、グスカ軍の馬達は聞きなれない音に怯え嘶き、暴れ始めた。
 騎士のひとりが落馬した。がちゃん、と身に着けた鎧を地面に打ち付ける音が聞こえた。
 ウェンゼルさんが、右翼に向かって大きく合図の白旗を振った。
「狼藉者を討てっ!」
 指揮官らしき男の怒鳴り声が聞こえた。
 私はベルの音を止めて、声を張り上げた。
「グスカの兵士たちに告げるっ! 敵はランデルバイアだけにあらず! 亡きガーネリア軍の兵士の亡霊とも戦う事になろう。一度これらと刃を交えれば、永遠の呪いを受け、いずれはグスカの民はひとり残らず滅ぶことになるだろうっ! 命惜しければ、今すぐ、この戦場から立ち去れいっ!」
 精一杯、居丈高に、虚勢を張って声をあげた。
「死にたくなければ、今のうちに逃げろっ!」
 呆気にとられた兵のひとりと目が合った。
「早く、この場を離れろっ! 呪い殺されたいのかっ!」
 更に、怒鳴りつける。
 と、どうっ、という地響きに似た音が聞こえてきた。わあっ、という喊声《かんせい》も聞こえる。
 防犯ベルの音が届いたのだろう。中央の中佐たちが動いたようだ。こっちの反応が鈍い分、少し、タイミングがずれた。
 しかし、誰かが叫び声をあげた。
 それに触発されたか、呆けていたほかの兵士たちも一斉に喚くとも叫ぶともつかない声をあげて、手にした武器を捨てて走りはじめた。
 慌てたのは、騎馬隊である騎士たちだ。
 やっと馬を立て直したところで、逃げ出す歩兵たちに、また、馬達が暴れ始める。それでも、ウェンゼルさんと私に向かって刃を向けて来る者がいた。
 きん、と硬い音がして、ウェンゼルさんが手に持った槍の柄で、ひとりの剣を弾き返す。
「ウェンゼルさん!」
 私は呼ぶ。呼んで、もうひとつ用意していた紙の包みを取り出すと、開いて中身を薪に向かって吹き掛けた。
 純度百パーセントのアルミニウムの粉末だ。財布や鞄の中にあった一円玉をかき集めて細かく丁寧に削って作った。一円玉コレクターかってぐらい相当な枚数が出てきた事に、自分でも驚いたくらいだ。
 消費税の副産物。日本にいたらたぶん貨幣改造ってことで罪にもなるだろうが、異世界なんだからかまわないだろう。
 一瞬だけ、フラッシュにも似た白い閃光が放たれる。
 東の山陰にはなっているが、そこそこに明るい中では暗闇でほどの眩しさはない。それでも突然の光は、相手に僅かな隙を作るだけの効果はある。量が足りるか不安だったが、上手くいった。
 驚いたグルニエラが後ろ立ちになって、嘶いた。
 私は必死で手綱を引いて、腹を蹴る。
 グルニエラはその勢いで、虚を突かれて混乱する騎馬隊の間を全速力で走り始めた。そして、既に総崩れになった左翼を急いで離れる。
 中央の陣も既に崩れたようだ。右往左往しながら逃げ走る兵士たちの間をぬって、私は右翼の陣に向けてグルニエラを走らせた。
 白い旗を持ったウェンゼルさんも、後を追ってきた。だが、グスカの騎士、十数騎もその後ろを追走してきていた。
 この期に及んでも、状況判断ができない石頭というのは何処にでもいるらしい。これだけ陣形が崩れて、兵士が逃げてしまっては、ランデルバイア相手にまともに戦えもしないだろうに。否、だからこそ、私たちだけでも討取っておこうとでも言うのか。
 哀れ、と感じる。
 走るグルニエラには、もう、粉塵爆発の後遺症はないみたいだ。機嫌良くといかないまでも、本能のままに走っている。  槍が飛んできた。
 走るすぐ横の地面に突き刺さるのが見えた。




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