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 殿下が部屋から出ていくのを見送って、まずは、泣いている二人を別の場所へと連れていく事にする。とは言え、初めて来た場所だ。何処になにがあるか、さっぱり分からない。
「ええと、どっか良いところありませんかね。静かな場所で。お茶が飲めるようなところがいいんですが」
 ランディさんに訊ねると、首を傾げられる。……そうだよなあ。誰も知らないよなあ。あ、そうだ。
「すみませぇん」
 私は手をひとつ叩いて、部屋にいる女性達の注目を集め、声をかけた。
「どなたか、落ち着いてお茶が飲めるような静かな場所を御存知ありませんか」
 だが、答えるのは、泣き声ばかりだ。暫く待ってみたが、良い年の大人がいるにも関らず、いつまでもメソメソと泣いている。
 段々、苛々してくる。ちったあ、前向きのやつはおらんのか?
 仕方ないので、ひとりの メイドさんに問う。
「どこかありますか。貴方なら知っているでしょう」
「あ……わ、わたし」
「お茶を飲むだけで、何もしやしません。出来れば、綺麗な場所が良いんですが。庭が見えるようなところで」
「あ、え、と、あの、」
 話にならない。溜息も出る。つか、なんで、私まで怯えられにゃならんのだ。
 私はもう一度、声を張り上げた。
「泣きたい気持ちは分かりますけれど、いい加減、子供達をなんとかしてやろうって気になってもらえませんか。今のところ、私達はあなた方に危害を加える気はありません。何かあるとしても、後日、公正な裁きによって、それぞれの処遇を判じられる事になります。泣くのはそれからで、今は、この子達の心配をしてあげて下さい」
 言葉が多少は伝わったのか、泣くのを止めようという努力が数人に見られた。あの、と内、一人から声がかかった。
「東の一階のテラスならば」
「東のテラス……移動できますか」
 ランディさんに確かめてみると、「確認しよう」、と部屋を出ていった。
 待つ間、私は床に蹲る王子と少女を見た。
 将軍の娘であるという少女はべそをかいてはいたが、未だ、王子を庇うように背を抱いている。王子はもう……言うまい。
 ねえ、と声をかけてみた。
「ふたりは仲が良いの?」
 返答はなかった。
「王子が自分より淑やかで優しいって言っていたのは、本当? ひょっとして、普通の女の子よりも女らしかったり、本当はズボンよりもドレスが好きだったりする? レースやリボンのついた可愛いのとか」
 ちらり、と少女が私を見た。警戒しながら、訝しがる表情だ。
「身体は男の子なんだけれど、心は女の子みたいなんじゃないの? 女の子よりも、男の子の方に興味をもったり好きになったり。ふたりは、気の合う女友達みたいな感じなのかな」
 少女の私を見る目付きが驚いた風になり、次に睨みつけるものに変わった。
 ……やっぱりね。ホンモノだ。
「どういう事ですか」
 それまで黙って傍にいたウェンゼルさんに問われた。
「原因は、母親のお腹にいる頃の作用とか、生まれてからの環境によるものとか色々と考えられるんですが、要は身体は男の子なんだけれど、嗜好とか考え方は女の子そのものって事です」
 私は答えた。単に女装嗜好とか同性愛者とも考えられるが、この子の場合は、おそらく性同一性障害と言われるものだと思う。ひょっとすると、性分化疾患とも考えられるが、この世界ではそこまで調べる技術はないだろうから、確証はもてない。
「そんな事が?」
「はい。ずっと、自分の性別に違和感を感じてきたと思いますよ。想像ですけれど、これまで苦労したと思います。しかも、王子なんて身分に生まれてきたから、色々と不本意な事もさせられてきたと思いますし、圧力も感じてきたでしょうね」
 こんなマッチョ思想な国の王子ならば、尚更だろう。
「そんな事があるんですか」
「ええ、珍しくないですよ。私の知り合いにもそういう人いましたし」
 いちど一緒に仕事をしたメイクさんがそうだった。よくは知らない人だったが、物腰の柔らかな、感じの良い人だったと思う。でも、『あの人、アレなんだぜ』、と後から同僚がからかう様に頬に手を当てたのを見て、仕事には関係ないだろうと厭な気分になった事を覚えている。実際、彼の仕事振りは普通に立派なものだったし、腕にも間違いがなかった。
「それが本当ならば、不思議な話です」
 想像もつかない、という風に首を傾げながらウェンゼルさんは言った。
「体内の微妙な加減でそうなったりもするようです。でも、外見としては、普通に男の子ですしね。本人としては、自分は変じゃないか、とか思って無理して男らしく振舞ったり、悩んだと思いますよ。偏見もあるでしょうし、相談する相手もそうもいないでしょうし。逆に、普段から、男らしくしろ、とか言われたりしてね」
 私は床に蹲ったままの王子を見た。
「だから、最初、雰囲気だけを見た時には分からなかったんですよ。彼にしてみれば、ドレスを着て女らしく振舞うのは自然な事なんですから。普通の男の人がどれだけ女装したところで、よほど慣れた役者でない限りは、どうしても不自然になってしまう。仕草の端々に男らしさが滲み出てしまうものです」
「そうでしょうね。私には、到底、無理です」
「でしょうね。アストラーダ殿下でも無理でしょう」
 そう言ってから、ちょっと想像して笑ってしまった。美形だから、多分、似合うとは思うのだけれど。言えば、面白がってやってくれるだろうか?
 そんな事を話していると、ランディさんが戻ってきて、二人をテラスへと連れていく許可がおりた事を伝えてくれた。
「自分で立てる?」
 私は床の上の二人に訊ねた。
「聞いての通り、お茶を飲む事にしたから。泣いて、咽喉が乾いたんじゃない? そこまで自分達で歩ける?」
 真っ赤になった目で、二人は顔をあげて私を見た。
「敵の施しは受けないわ」
 まだ、強情を張るか。少女のその口調ははっきりしていたが、先ほどの勢いはなく、頼りないものに変わっていた。
「施しじゃないよ。お茶はここにあるものを使うし、淹れるのもここの人だし。私の方が御相伴に預かるだけ」
 ちらり、とウェンゼルさんが私を見た。心配そうなその視線で気が付いた。
「毒はいれないでね。まだ、死にたくないし。あなた達もそうでしょう。だから、まずはお茶を飲もう。私も疲れた」
「懐柔はされないわ」
「別にそんな気はないよ。貴方……シェーラさんだっけ、も聞いたでしょ。私が命じられたのは、取り敢えず、貴方達を落ち着かせる事だけ。他に何もしやしない」
 それに、と付け加えた。
「そこでそうして泣いてたって、どうしようもないでしょ。まずは落ち着いた方が、これから自分たちがどうすべきか分かるんじゃないの? 大人もあまり当てになりそうにないし、今のところは自分達でなんとかするしかないでしょう」
 少女は僅かの間、考える表情を浮かべ、そして、「ディディ」、と呼んだ。
「ディディ、立てる?」
 微かに頷く動きがあった。少女に支えられるようにして、王子は立ち上がった。
 ふむ。
「ランディさん、ここにいる他の人達は移動するんですか」
「そうだね」、と答えがある。
「他の女性達と同じ場所に移動させるつもりだよ」
「じゃあ、出来れば、そちらにもお茶の用意をしてあげて欲しいんですけれど。みな、不安でしょうし、緊張して咽喉も乾いているでしょうから。無理なら、せめてお水だけでも飲めるようにしてあげて下さい。でないと、その内、体調を悪くして倒れる人も出てくるでしょう。あと、夜は冷えますから、毛布なんかも渡してあげると良いかもしれません」
「出来るかどうか訊いてみよう」
「お願いします」
 いつ殺されるか分からない不安ならば、私にも分かる。
「誰か、お茶の用意をお願い出来ますか」
 固まってお互いを庇いあうような女性達に問う。と、
「私が」
 と、先ほど、東側のテラスと教えてくれた女性が名乗り出てきた。
「では、お願いします。失礼ですけれど、お名前はなんとおっしゃるのですか」
「ナタリーです」
「ナタリーさん、私はキャスです。宜しく」
「プレーズ、ギスラン、トマ、君達は彼女達に付き添ってくれ」
 ランディさんの指示に、兵士の内、三人が進み出てきた。
「では、行きましょうか」
 私たち七名は、ぞろぞろと揃って部屋を出た。
「触らないでっ!」
 シェーラ嬢は手を貸そうとした兵士にぴしゃりと言うと、王子を支えてよろめきながらも歩き始めた。




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