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 それからまた三日。その間、また、誰とも会わなかった。
 話に聞く分には、ファーデルシアは大分、落ち着いてきている様だ。各地で旧ファーデルシア貴族を中心とした抵抗運動も幾つかは起きているみたいだが、小競り合い程度で収まっているらしい。ただ、肝心の美香ちゃんは、未だ見付かっていない。
 私の体調も、徐々にだが良くなっていた。自覚はなかったが、良くなってみると、一週間前は本調子には程遠い状態であった事に気付かされた。
 ウェンゼルさんは、相変わらず、甲斐甲斐しく世話をしてくれている。きっと、良い旦那さんになれるだろう。その日、湯浴みをしてさっぱりしたところで、その彼に質問してみた。
「散歩に出たりは出来ないんでしょうか」
「散歩、ですか」
「帰るにしても、体力をつけないといけないから。少しずつ慣らす意味で」
「ああ、そうですね。今の状態では、長距離の移動は辛いですね」
 ウェンゼルさんも頷いた。
「うん。近くを回る程度で良いんだけれど。あと、ファーデルシアの街ももう一度、見ておきたいし、養護施設の子達にも挨拶しておきたいし」
「許可されるか聞いてみましょう」
「うん、お願いします」
 私が殿下に願った事を、ウェンゼルさんが聞いているかどうかは知らない。時々、探るような視線は感じるけれど、でも、態度は以前と変わるところはない。
 いずれにせよ、私も、じっと黙って事の推移を眺めているだけというのは性に合わないらしい。自分の中の散り散りに吹き飛んでしまった部分を修復しようという気にはならないが、その他にもやらなきゃいけない事はある。
 発つ鳥跡を濁さず。
 一応、これが私のモットーだ。

 夕方、一時間程度、お目付け役同行でならば、外に出る事を許された。
 とは言っても、二週間以上も殆ど寝て暮していたから、体力の衰えは顕著だ。そんな時間も歩いているのは辛く、城の周辺をぶらぶら休みもって歩く程度から始めた。
 夕暮れの道を歩いていると、木々の向こうに列をなして行進するランデルバイアの兵士達の姿を見た。なんだか、サバンナの野生動物の群れを見ている気分だった。
「キャス」
 久し振りにウェンゼルさんに名前を呼ばれた。
「はい」
「貴方は、一体、何を考えているんですか」
 穏やかに問われた。
「別に」
 私は正直に答えた。
「別に、何も」
「そう、ですか」
「皆、どうしていますか。全然、顔を見ていませんけれど」
「それぞれに帰国の準備を。数日内に国よりの執政官が到着するでしょうから、その後、一部駐留の兵士を除いて、順次、帰国の途につく事になります」
「残る人もいるんですか」
「そうですね。交代の兵が到着するまでは。グスカとは事情が違いますから、殿下の御意志をしっかりと伝える為にも引き継ぎを念入りに行います」
「ああ、そうですよね。グスカの事は何か聞いていますか」
 スレイヴさん達、元気かなあ。結局、サバーバンドさんやギャスパーくんには会えそうにないな。
「大しては。ですが、順調に治政の移行準備は整えられつつあるようです」
「そうですか」
 皆、早く落ち着けるようになると良いな。
 地面に落ちる長い影を見ながら思う。
 家のある者は、皆、とっとと帰れば良い。大事な人の許へ。
 大神殿の鐘の音が、遠くから響いて聞こえた。




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