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「ここのこども達がランデルバイアに対して敵愾心《てきがいしん》を抱いていないのは、貴方の影響で?」
 とのウェンゼルさんの問いがあって、気付かされる。……ああ、そうか。私達、侵略者だもんな。そんな事、すっかり忘れていた。故郷を蹂躙された事に憎しみを抱かれても仕方ない筈なんだ。
 でも、いいや、とセリーヌさんは首を横に振った。
「こども達に限らず、平和が一番だからね。不安には感じているみたいだけれど、さして変わりもないし、戦らしいもんも殆どなかったろ。亡くなった兵士の家族や貴族らはそうでもないだろうけれど、大部分の者にとっちゃあ、殆ど関係ないって感じかね。略奪もないし、家が壊されたり畑が荒らされたわけでもないし。生き残ったって、土地が荒らされれば、食いぶちを減らすために赤ん坊を捨てたり、こどもを人買いに売らなきゃならない親もいるからねえ。僅かな金を得る為に身を売ったり、虫けら同然の扱いをされたりもする。殴られたり、蹴られたり、面白半分に殺されたり。敗戦国なんて、ほんと、惨めなもんさ。そういうのが避けられただけでも良かった、ってのもあるよ。ちょっとは、下っ端の兵士とのいざこざもあるみたいだけれど、ファーデルシア兵の中にもそういう連中がいたから、そんなに変わったって感じはないんだろうね。王が変わるってぐらいの感じしかないよ。それでも、少しずつ違ってはきているんだろうけれどね」
「王が王子に殺されたって話は、受入れられているんですか」
 私も質問する。
「そうだね。どこかで疑いは感じているのだろうけれど、あれだけ盛大に王の為の国葬をやられちゃあ、そうかなって気にはなっているよね。私らからしても、良い王様だったと思うけれど、こうなっちゃあ諦めるしかないってところだろうね」
 ふうん。
「国の名はランデルバイアに変わるかもしれないけれど、ここらの者にとっちゃあ、ファンブロウっ子のまんまさ。私がガーネリア人であるみたいに、きっと、気持ちの上ではファーデルシア人だろうし」
「ああ、そんな感じですか」
 ジェット機も高速で走る列車も自動車もない世界では、人の動線に比例して意識の広がりにも限界がある。国という単位よりも、オラが村的な地域に対する愛着とか意識の方が強いという事もあるか。
「でも、シモンはどうか分からないね。ガーネリアが復興して移り住めば、またガーネリア人って強くも思うだろうけれど、このままこの国で生まれ育てば、自分はファーデルシアの人間だって思うかもしれないね。いや、ランデルバイア人か」
 ああ、そうか。
 あれ、だとすると、スレイヴさんとかはどうなのかな。ガーネリアとグスカの半々の血を持っていて、グスカで生まれ育っているけれど、ガーネリアの意識もあったし。でも、環境で差別された分、グスカである事を否定された部分もあるか。そう思うと、タチアナ姐さんとかはどうなんだろう。国を持たずさすらってる人の意識は、また違うのか。あ、そうだ。
「そう言えば、ガーネリアからファーデルシアに逃げて来た方達の中に、貴族も混ざっているんですか」
「あまり聞かないけれど、少しはいる筈だよ。それがどうかしたのかい」
「ええ。ロウジエ伯爵家の人がいないかと思って」
 私の答えに、ウェンゼルさんが、ああ、と呟き、セリーヌさんは小首を傾げた。
「ロウジエ伯爵……どうかな。いたような気もしたけれど」
「本当ですか」
「いや、分からないよ。記憶違いかもしれないし。捜しているのかい」
「はい。もし、知っていたら教えて欲しいんですけれど」
「ふうん。まあ、亭主とかにも訊いてみて、知っていたら知らせるよ」
「お願いします。カリエスさんの方にでも伝えて下されば良いかと思います。ヒルズさんに言ってくれれば、伝わると思いますし」
「うん、そうするよ」
 短い時間で急速に変化するものもあれば、長い時を経て変わっていくものもある。そして、ずっと、変わらないものも。
 人も然り。また、国も然り。
 否、変わらないと思っていても、本当は目に見えないだけで少しずつ変わっているのかもしれない。
 一滴の雨が岩を穿つが如く、目に見えないほんの少しずつ。
 ここにこうしている私も、変わっていないと思っているだけで、本当は少しずつ変わっていっているのかもしれないなあ。変化がないと思うのは、変わっていない、変わりたくないと思いたい意識の表れなのか。
 と、そこへ、「キャスぅ」、と半ベソかいたミュスカが走ってきた。その後を追って、皆も走ってくる。
「どうしたの、ミュスカ。そんな泣いて」、と訊ねれば、またしがみつかれた。
「みんな言うの。キャスが帰ってこないのって、お嫁さんになるからだって。好きな人がいるからだって。ほんと?」
 ありゃあ……レティの話にあてられて、そういう発想になったか。
「そうじゃないよ。どうしても、お仕事で帰らなきゃいけないの」
 大人の事情を話したところで分からないだろう。そう答えて、頭を撫でてやる。
「ちがうの?」
 サリエが不思議そうに問う。
「ちがうよ」
「とか言って、本当は、騎士さまがキャスの旦那さまだったりして」
 と否定する傍から悪戯っぽい笑みを浮かべて、グロリアが言う。
「違うよ。そんな事言ったら、ウェンゼルさんに悪いよ」
「そうなの?」
 と、今度はウェンゼルさんに訊ねる。
「違いますよ」、とウェンゼルさんも、お茶を飲みながら澄まし顔で否定した。
「キャスには、私など及びもつかない方がついておられますから、恐れ多いです」
 きゃあ、と女の子達がはしゃぐ声をあげた。
 おい、こら! 誰の事だ!?
「そんな誤解を招くような言い方はやめて下さい」
「おや、そうですか」
 彼にしては珍しくも悪戯めいた笑みは、からかっているつもりだろう。
「誰ですか、キャスのお相手って。どんな人?」
 興味津々のグロリアの問い掛けに、ウェンゼルさんは愛想の良い笑顔に変えて、
「尊敬に値する方です。強く、美しく、賢い、騎士の中の騎士と呼べる方ですよ」
「素敵!」
 ……おおい。その言い方は、アレの事か? アレをそう言っているのか?
「ほんと?」
 思いきりうな垂れた私を、ミュスカが不安そうな眼差しで見上げた。
「違うよ。ウェンゼルさんは冗談を言ってるの。確かにそういう様な人の保護下にはいるけれど、まったく、これっぽっちも、なあんにもないから」
 私の答えに、ええっ、と他の女の子達がまた騒ぐ。
 私にとっちゃ、あくまで『そういう様な人』、だ。外面だけ見れば、ウェンゼルさんの言葉も該当するだろうが、根はサディストだぞ。短気だし、アル中、一歩手前だぞ。
 ウェンゼルさんも、相手が誰であろうと私がそんな関係を持てない事を知っていて、そんな仄めかすような言い方をするなんてどうかしている。大体、あっちには決まった相手がいるだろうが。冗談で言うにしても性質が悪い。
「ウェンゼルさんも、こども達をからかうのは止していただけませんか」
「そうおっしゃるならば、そういう事にしておきましょうか」
 まったく。
 そう言えば、と思い出せば、最初は、茶目っ気のある印象を受けたんだったな。そっちの方が地なのか?
 でも……その笑顔と言い方、アストラーダ殿下の真似をしていませんか?




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