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「陛下の決定に異議を唱えるものではないですけれど、何故、グスカをお残しになったのか。それだけが疑問に感じます。グスカなど滅ぼして、ひとり残らず葬り去っておしまいになられればよかったものを。今回に限っては、ディオクレシアス殿下らしからぬ手ぬるい処置でいらっしゃる」
「母上、」
「他の諸侯の方々の中にも、不満に感じておられる方が多いと聞きます。無理もないわ。これまであの者達に、我が国は、散々、苦しめられてきたのですもの。我が国だけでなく、女王陛下の故国であるガーネリアの者達も。到底、許せるものではありません」
「しかし、母上、剣を捨てた者に斬りかかる事は出来ませんよ。それに、そうする事で無用な争いは避けられ、私達だけでなく無事に帰郷できた者も多くいたのですから」
 息子のやんわりとした反論に夫人は、まあね、と納得しがたい様子ながらも頷き、答えた。
「でも、貴方もお父上の事を忘れたわけではないでしょう。最期の時まで勇敢にその身を賭して戦われ、散っていかれた。父上だけでなく、カルバドス大公殿下を始めとする他の立派な騎士の方々が命を奪われたのです。その無念は容易く晴れるものではありませんよ。これではまるで、無駄な犠牲だったかの様ではありませんか。その点、きっと、天でお嘆きにもなっている事でしょう」
 ……これが、戦場に赴かなかった者の一般的な意見というものなのか。
 おそらく、反対の意見もあるだろう。しかし、その意見の分裂は、内部の新たな火種とも成り得る。いや、それよりも。
「でも、グスカも名ばかり残しただけの事。これから、我が国の属国として骨の髄まで毟り取り、苦しめてやれば良いわ。これまでの行いを心底悔いるまで、屈辱の中で這い蹲らせれてやれば良い」
 途端に、口の中が苦く感じた。
 スレイヴさんや、サバーバンドさん、ギャスパーくんの面影が脳裏に過った。そして、父を亡くし、悔し涙を流していた少女と、少女の様な少年王の事を。
 彼等とても未亡人となんら変わらない人であり、個人を見るかぎりは侮蔑すべき人間ではない。だが、一度、争いに巻込まれ勝者と敗者という位置づけがされる事によって、謂れ無き暴力と侮蔑の対象となってしまう。それが、哀しくもどうしようもない現実。
「キャスとおっしゃられたかしら」
 急に名を呼ばれ、私は俯いていた頭をあげた。
「はい」
「貴方は、ディオクレシアス殿下のお傍近くで目覚ましいばかりの働きをなさったと伺っておりますよ。噂ではガーネリアの亡霊を従え、呪いの力でグスカ軍を敗退に導いたとか」
 ……ひでぇ、噂だな。そんな風に言われているのか。
「とんでもない。そんな力は私にはありませんよ、子爵夫人。私はただ噂を大きくして、グスカ内部で燻っていた火種を大きくしただけです。戦を勝利に導いたのは殿下のお力であり、御子息方の働きによるものです」
「あら、そうなの。まあ、噂とは当てにならないものですけれど。でも、貴方の御意見としてはどうなのかしら。本当はグスカを滅ぼしてしまった方が良かったのではなくて」
 それにはなんと答えたら良いものか。
 いいえ、と答えれば、おそらく賛同を欲しがっての問いを発したであろう子爵夫人は気を悪くするに違いない。
 ランディさんは眉をひそめ、レティが心配そうに私を見ている。
「政については、私は疎いのでなんとも。ですが、私の国の歴史を考えれば、グスカを残した事は一概に悪いとは言えないかと思います」
「あら、それはどういう事なのかしら。詳しく説明して下さる?」
「上手く説明できるかどうかは分かりませんが……私の国は、そこにいらっしゃるケリーさんの国と戦って敗けた過去があります。多くの人民の命が失われ一時は占領されたのですが、最終的には、属国としてではなく、完全に独立した国としての存続を許されました。恨みがなかったとは言えませんが、その意識を維持するよりも互いに許しあう事でその後の国の復興と発展を早くし、長く平和を維持していました。ケリーさんの国とも互いの益になるようなパートナー関係を築く事ができたと思います。そして、今、ケリーさんともこうして同じテーブルを囲んでいられます。それが悪い事とは感じません」
 パートナーシップと言っても完全なものではなく、常に不公平が伴うものではあったけれど、それが敗戦国の受ける負の遺産といえるものなのかもしれない。それでも、少しずつそれを解消しようと努力はなされているし、人の命が無駄に失われるよりはマシだと思う。なにより、個人同士としては、先入観なく、接する事ができるのが大きい。
 或いは、常に恨みを助長させる事で、負けじ魂に火をつけて発展を促す方法もあったろうが、常に国同士の関係の危うさを感じて、違う形で不安や怒りが燻りもする。そうなっていた場合、おそらく、私はケリーさんと同じ馬車に乗る事も、こうして同じテーブルの席につく事すらも嫌だったろうと思う。
「でも、それは貴方の国は敗けたから言える事ではなくて」
 案の定、私の答えは夫人を満足させるものではなかったようだ。
 だが、そこで、ケリーさんが口を開いた。
「奥様のお気持ちも分かりますが、戦勝国側である私個人の意見としては、勝者は常に心広くあった方が国や個人の為になると思いますよ。過去の因縁にこだわり過ぎれば余計な反発を招き、足下を掬われる結果にもなりかねません。それに、医者の立場から言わせて頂ければ、大事な御子息を含める兵士達も勝ったとは言え、戦の経験は心の負担になります。夜にゆっくりと眠れなくなったり、起きていても常に不安に悩まされたりもします。何より、そんな彼等を見守っている女性の美しさを保つに良くない。貴方の様にお美しい方がそんな事で擦り減ってしまっては、それこそ国の大きな損失です。そういう意味で、寛容さを保つ事は、女性の美貌を更に磨くのに効果的な薬ですよ」
 とこれには、夫人も、まあ、顔を綻ばせた。
 ケリーさんはすかさず、
「そう。笑顔こそ健康と美容の元です。美しい方は常に美しくある義務があります。世の男性の為にね」
 と、茶目っ気たっぷりに、実に上手く誤魔化し……纏めてくれた。
 流石、年の功と言うべきか。若い頃は、結構なたらしだったんじゃないだろうか、この先生。旅の途中に、あちこちで現地妻を作っちゃいないだろうな? 
 いや、この人当たりの良さは、これまで色々な人達と接してきた経験からこそのものなのだろう。医者には重要なスキルに違いない。
 ケリーさんの事を気に入ったらしい夫人は、ケリーさん相手に美容と若さを保つ方法についての話題に集中して、随分と気を良くした様だ。それから食事が終っても、和やかな雰囲気を保つ事が出来た。
 皆、心の中でケリーさんに感謝をしていたに違いない。勿論、私も。
 ……やれやれ、だ。




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