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 皆が引き上げて、ひとりになった寝室で私は考える。
 クッキーを運んできたのは、サリー。
 いつもと同じ様に、厨房から出されたものをお茶と一緒に運んできた。
 厨房の位置は南棟と西棟の角にある塔の一階。手動による搬入エレベーターというのか、小さな箱形昇降機があって、一階から四階まではそれで運ばれる仕組みだそうだ。
 南棟の陛下の御家族や、西棟四階を私邸にしているアストラーダ殿下と共用になっている。
 昇降機の上げ下げは、下で行われる。食事やお茶の支度に使われる。
 中の箱は、一階か四階のどちらかで位置は定まってはいない。
 四階に箱がない場合は、壁脇にある紐を引っ張ると下の厨房に取り付けられたベルが鳴り、一階にある箱が上ってくる、そこに用向きの札を入れる。そして、またベルを鳴らすと、箱は一階におろされる。
 厨房にいる者は箱に入れられた札を見て注文を確認し、用意ができたら、今度は四階に通じるベルを鳴らす。そして箱に注文の品を載せる。そうして、また上へ運ばれる仕掛けだ。また、食事後の空になった皿などもこれで運ばれる。
 因みにお風呂のお湯は重いので、別に設置されたバケツ仕様の釣瓶とメイドさん達の手で運ばれる。……御苦労さま。
 それはさておき。
 つまり、毒が盛られたとすれば、一階の厨房か、四階に運ばれてからしかない。それが出来る者は限られてくる。まずは、そこを重点的に調べられているに違いないだろう。
 サリーもカリエスさん達に連れていかれて、まだ戻ってきていない様だ。あの娘がそんな事をするとは思えないが、どうなんだろう?
 だが、もし、以前に私を攫った者と同じ手の者だとした場合、依然、城に自由に出入りが出来る者って事になる。しかし、四階にしろ、厨房にしろ、召使いや下働きの者が実行犯であった場合、その動機が見えてこない。彼等や彼女達が私を殺そうとする理由なんて、そうあるものではないだろう。誰か黒幕がいて、脅すか餌で釣るかしてやらせたと考える方が、らしいと思える。
 しかし、そうだとしても、真犯人に辿り着けるかどうかは疑問だ。
 ふ、と胸の奥が疼く様な感じがある。
 囁く様な小さな声が、聞こえてくるような気がした。
 小さな女の子の様な声。

 ……よう。だれか……て。

 ……兎に角、動機だ。
 私を殺す事によって、誰がどんなメリットを得るのだろう?
 少し、考えてみる。
 まずは、政治的な理由から。
 エスクラシオ殿下かアストラーダ殿下のいずれかの派閥に所属する強硬派が、己の存在意義を強化させる為に、二人のクッション役として機能しているだろう私を排除しようとしている?
 或いは、若干、動機としては弱いが、陛下派の者にもそれは言えるかもしれない。陛下信奉者にとっては、他ふたつの派閥が手を組むよりは、対立していた方が都合が良いだろう。
 それとは別に考えられるのは、私個人に対する勘違いからの恨みによるもの。
 まずは、動機らしい動機もないが、気にくわないから排除しようと思っている者。
 私も図らずも目立ってしまった所があるから、それが目障りと感じた者もいたかもしれない。気にくわないから、兎に角、消してしまえ、と短絡的に行動に移してしまうタイプだ。大した理由もないが、『気にいらない』から苛めたり、体育館裏とか屋上に呼びだして絞めてしまおうとする連中と同じだ。そういうわけの分からんやつは、この世界にもいるだろう。
 或いは、名誉欲とかどこかで地位が脅かされるのではないか、と被害者意識の強い者がいるかもしれない。前者よりは動機として成立するかもしれないが、これも勘違いも良いところだ。ただ、一旦、思い込んでしまうと、なかなか同じ考えから抜け出せない事がある。ぐるぐると同じ思考のループを巡った揚げ句、結果として、自分にとっての危険は排除、の方向で結論づけてしまうパターンだ。
 これは危機回避の為の脳みその作用によるものでもあるのだが、平穏を取り戻す為には、他の手段はないと思ってしまう。間違っていると分かっていても、行動を起こしてしまう事もあるだろう。オレオレ詐欺などで、頭のどこかで詐欺だと分かっていても『金を振り込まない限りは安心できない』、とパニクっている被害者と同じ状態だ。
 それと似ているが、エスクラシオ殿下信奉者の誰かが、私が贔屓されている事に腹を立てている場合も考えられる。
 これは、前のふたつに比べれば、まだ動機としては納得できる。まあ、私の目の色が黒い事を知らないと、こうしてこの部屋に保護されている事も、いくら命が狙われているとしても過剰な待遇として感じるだろう。所謂、嫉みってやつだ。
 実際、私自身、そう思わなくもないところがある。……ブドウ畑貰っちゃったし。この年で土地持ちだよ。吃驚だ! でも、そんなもんくれてどうせいちゅうねん、という疑問もある。土地の管理なんかした事がないからよく分からないし。まあ、収入源を得たと思えば良いのだろうが、これで幽閉された場合、その収入はどうなるんだ? ……分からん。まあ、それを含めてアストリアスさんは、「よく考えろ」、と言ったのかもしれない。
 閑話休題。
 そして、それらよりも可能性として考えられるのは、コランティーヌ妃信奉者による犯行だ。タイミングとして、一番、あっている気がする。
 嘗ての婚約者だった美しい姫とエスクラシオ殿下の復縁を望んでいる者は根強く存在している。陛下の側室となった今でも、コランティーヌ妃自身もそれを望んでいる様だ。だが、殿下自身にはその気はないと、アストリアスさんは断言した。その上、私と婚約するという噂まで持ち上がった。そんな事は現実に有り得ない話なのだが、事実を知らない連中の間で、私を排除しようという動きがあってもおかしくはない。
 結婚が流れるという噂にしたって、最近のことだから、未だ耳に入ってない可能性はあるし、耳に入っていたとしても、徹底排除を考えたりもするだろう。
 ……憧れの、崇拝する姫の願いを叶える為に。雷にひどく怯える、弱々しく頼りない姫に代わって。
 動機としてろくなものでない点では他と一緒だが、まだ、犯人の意志や目的が明確なところが、他に比べてマシな様な気がする。間違っても、やった事に対して、「こんな事になるとは思っていなかった」、と懺悔の涙にくれる事はないに違いない。
 それと、私を拉致した時に捨てられた場所が、コランティーヌ妃の父親であるフィディリアス公爵の領地であった点も、この動機を裏付けるものではある。フィディリアス公爵が、エスクラシオ殿下信奉者の筆頭にあげられる事も含めて。尤も、これは、公爵の政敵が公爵に罪をなすりつけようと画策したものであるとも考えられるのだけれど。
 ……フィディリアス公爵ってどんな人なんだ? 会った事のない人だから、私自身は判断できない。話に聞く分には、プロトタイプ的な権力主義者というイメージがあるが、これも伝聞だから当てにはならない。話をしてくれたアストラーダ殿下を信用していないわけではないが、まったく主観を交えていないとは言い難い。
 なんであれ、ざっと考えただけでも、これだけの動機が考えられる。可能性はいくらでも考えられるし、容疑者は山ほどいる。私自身がどうにか出来るもんでもない。アストリアスさんの言う通り、ここは大人しく任せておくしかない。陛下の御裁可が下れば、また状況も変わってくるだろう。……いつになったら、決まるのかなあ?
 早く決まって欲しいと思う。が、逆に、もう少し長引いて欲しいとも思う。
 もう、ちょっとの間。もうちょっとだけ、ここにいたい、と思うから。私を大事にしてくれる人達の傍に、もう少しの間だけいたいと思う。
 ……本当に猫だったら良かったのにな。
 そうしたら、誰にも憎まれたりせずに、今頃、のんびりと暮せていただろう。チャリオットは、さぞかし幸せだったろうなあ……
 白い小さな猫を心の中に描く。
 長い尻尾と、首元に首輪のような黒斑をもつ猫。
 チャリオットを思いながら、私はいつしか眠りに落ちていた。

 ……朝寝て、昼寝て、晩に寝て。時々起きて、居眠りをする。ひねもす、のたりのたりかな。
 生活だけは、本当に猫とそう変わらないな。




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