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 うずうずと、今日はどうにも腰の据わりが悪い。古傷が疼くような、そんな感じ。低気圧の影響……というわけではないだろう。  本日は快晴なり。
 毒の後遺症もなく、ぐうたら生活で体力があり余っているから、偶には身体が動きたいと要求しているのか。
 と言っても、こんなドレス着て、柔軟体操するわけにもいかないしなあ。もし、やったら、ゲルダさんに叱られること間違いなしだ。
 とは言え、落ち着かないものは、落ち着かない。朝、起きてから、ずっとこの調子。
 それでも、いつも通りに暇潰しをしようと、暫く頑張ってみたが、アイデアも煮詰まった。途中で嫌になった。集中が続かず、ペンを手放した。
 結局、仕事の邪魔をしていると知りつつ、ランディさんを呼んで貰った。
「なにか用かい」
 気を悪くした様子もなく、ランディさんは微笑みを見せてくれる。
「ええと、部屋の外に出ちゃ駄目ですか。気晴らしに、その辺を歩きたいんですが。少しで良いんです。一ヶ月も閉じこもったきりなので」
「それは、」
「危険なのは分かっています。でも、部屋にいてもああいう事があったわけですから。護衛をつけて下されば、かえってその方が安全だと思うし」
 駄目だ、と言われる前に私は言った。
「お城の中を歩くだけで、外に出るわけではないですから」
 お願い、と出来るだけ哀れっぽく、上目遣いで頼んでみる。……そんなキャラでない事は分かってはいるが、手段として。
 ランディさんは、ううん、と唸って私の顔をしげしげと見ると、「困ったね」、と言って苦笑した。
「アストリアスに許可されるか訊いてみよう」
 やたっ!
「駄目だったら、諦めるんだよ」
「分かりました」
 顔が緩みそうになるのを必死で誤魔化して、頷く。
 それから直ぐに部屋を出ていったランディさんを、わくわくしながら待つ。
 この部屋にいる事は嫌ではないし居心地も良いが、飽きるのも確かだ。こんなんで、幽閉されたらどうなるんだ、とか思わなくもないが、その時はその時だ。観念の仕方が違うだろうし、歩ける内に歩いておきたい。
 待つ事、三十分。
 グレリオくんを伴って、ランディさんが戻ってきた。
「午後までの時間ならば、人も少ないし良いだろうと許可を貰ったよ。但し、城内に限るけれどね」
 約一時間程度か。ま、それでもいいや。わあい!
「ただし、私達の傍を離れるんじゃないよ」
「はい」
「どこか、行きたいところはあるかい」
 ええと。
「グルニエラには会いに行けないですよね」
「ああ、外だからね」
 やっぱり。でも、残念だ。
「ううん、じゃあ、神殿に行きたいです」
「神殿? クラウス殿下に会いたいのかい」
「いえ、そういうわけじゃないんですけれど。ギリアムさんがどうしているかと思って」
「ああ、彼か。しかし、ウサギちゃんが彼を気にするなんて意外だね」
「まあ、ちょっと訊きたい事があって。グレリオくんも一緒だから丁度よいですし」
「私ですか?」
 急に名前が出た事に吃驚したらしいグレリオくんが、私を見た。
「そう。聖地で伝わる婚礼の儀式の方法とか、参考に出来ないかと思って。格式とか伝統に拘るなら、それもありでしょう」
「ああ、そうですね。でも、あんまり堅苦しいのは遠慮しておきます。あと複雑すぎてもちょっと」
「全部そうしようってんじゃなくって、良いところ取りっていうか、それっぽく見栄えの良い箇所だけ取り込もうって感じなら良いでしょ。使えそうな所があれば、だけれど」
 耳を垂らしたわんこの様な新郎の顔に、私は笑う。
「そういう事ならば、神殿までお供致しましょう、我が妹の為にも」
 ランディさんが軽い口調ながら、気取った風に騎士の礼をして言った。

 神殿へは、廊下突き当たりにある階段を二階まで下りて、ドームのある中央棟の廊下を西に向かって進み、正面玄関ホールに通じる中央階段を下りる。そして、また東へ向かって折れて真直ぐ行った先に、大きな観音扉の入り口がある。
 観音扉は、アストラーダ殿下がいる時は開放され、殿下の都合が悪い時や不在の時は、閉じられている。
つまり、殿下の勝手による所が大きい様だ。でも、午前中は、大体、開放されているらしい。そして、そのどちらの状態であっても、常に扉の前には、衛兵が二名立って警護している。
 因みに、いつも私が訪れる控室は、その入り口の南側にある扉から入って、ふたつ扉を越えた先にある部屋だ。

 私は、ランディさんとグレリオくんの間で、一歩遅れる様にして神殿への道を辿った。そして、中央棟の二階廊下を進んでいる時、前方から歩いてくる一団と行き合った。
 護衛の騎士の数は、左右三人ずつの計六名。
 中央に護衛対象の二名を挟んでいるが、内、ひとりは見紛うことなき、国王陛下だ。赤と金の装束に額に王冠を身に着けた、ゴージャスな美貌のアウグスナータ王。
 私達はそそくさと廊下の端に寄って道を譲り、頭を低くする。
 それより先に、おや、と声があった。向こうも私に気がついたらしい。私の前で足を止めると、
「もう、身体の具合は良いのか」
 と、気安い口調で声がかけられた。




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