kumo


 和真は、開け放った詰所の窓から薄く掃いた群青色の空を見上げた。薄い雲が作る斑の色は天気が変わる前触れか。昨日より風も重い。
「おかえり。どうだった」
 戸が開き、朝一番で出掛けて戻ってきた友に和真は声をかけた。ああ、と返事はあるが、その表情は空の色より曇って見えた。
「届けは出したが、今のところそれらしい話は何もないそうだ」
 黒羽は答えながら土間から板間に上り、和真の傍らに腰を下ろした。
「そうか。まだ何かあった、というわけでもないしな」
「そうだな。何もないといいが」
「うん。それに、護戈の副官の身内となれば、守戈部でも多少なりとも人を動かすだろう」
「そう願いたいよ。肩書きなんて、こんな事ぐらいでしか役に立たないからな」
 大袈裟ととられても、後で笑い話ですむならばその方がずっと良い。打てるだけの手を打つべきだろう、という稲田の勧めに従った黒羽は答えた。
「それでも、家出人や行方知れずの人間などざらにいる。人を動かすにしたって、たまたま見かけたら程度の通達を出すぐらいだろうな。実際のところは、身内で捜すしかないのだろう」
「少なくとも隊の連中はそのつもりさ。巡回もそっちの方が主じゃないのか」
「すまない」
 和真の冗談めかせた言葉に、黒羽は口元だけで笑った。
「それで、おまえひとりか。稲田さんは」
「四丿隊へな」
「そうか。隊長にもご面倒をおかけするな」
「ま、いいんじゃないか」和真は明るい笑みを返した。「こういう時は、持ちつ持たれつだ。おまえもお菊ちゃんが見付かった時の礼を考えておけよ。期待してるからな」
「それは怖いな。高くつきそうだ」
「当たり前だろ」
 軽く笑う声に、黒羽の表情にも僅かばかり明るさが戻る。それで、と続けて問う言葉に、和真は頷いた。
「お菊ちゃんと一緒にいたっていう坊主の事か」
「ああ。多賀井からも聞いたが、おまえも一緒だったんだろう。どんな様子だった」
「ちら、とだけだが、ここらでは見かけない坊主だった。他所から移ってきたばかりかもしれない。顔は笠に隠れて見えなかったが、大柄の、ふだんお目にかかる聖人達とも違って見えた。なんと言うのか、鍛えた感じだ。妙なモノが憑いている感じもしなかったしな」
「そうか。家の者は、坊さんに会うなんて話は一言も聞いていないそうだ。それらしい理由の心当たりもないそうだ。ああ、お帰りなさい」
 再び、戸が開く音とともに戻ってきた稲田に声をかける。
 と、稲田は返事のかわりに、「ああ、やれやれ」、と声にだし、水甕の水を掬い取っては一気に飲み干した。そして、ふう、と大きく息を吐いた。
「お菊の事で、お手を煩わせて申し訳ありません」
 改めての黒羽の言葉に、稲田は、うん、と頷きながら上がり口に腰を下ろした。
「如何でしたか」
「取り敢えず、柝繩は例の娘殺しの一件もあって助力を請けあってくれた。似顔絵も作って貰ったし、何かあれば、すぐにも動いてくれるそうだ」
「ありがとうございます」
「四丿隊にも、一応、話は通ったよ。とは言っても、気を付けておいてくれるって程度だけれど。それでも、お菊ちゃんを捜す為だけであれば、あちらの区分に入っても良い事になったから。条件付きだけれど」
「条件?」
「ああ、それがねぇ……」
 稲田は、ちらり、とふたりを振り返って、その一部始終を話し始めた。



back next
inserted by FC2 system