kumo


 四丿隊隊長、峰唐山顕光は、だらしなく脇息に凭れかかりながら、脅しているとしか見えない薄ら笑いを浮かべ、手に持った紙をひらひらと靡かせた。
「珍しく二丿隊隊長さんがお出ましになられたと思ったら、娘探しの協力要請たぁ思ってもみなかったぜ。で、この娘は、おまえさんの隠し子かなんかか」
 周囲から、あからさまに嘲笑する声がたてられた。巡回に出ずに残る四丿隊隊士たちが、やじ馬根性丸出しで事の成り行きを見守っていた。
 隊士たちは皆、人相は兎も角、一様に柄が悪い。四丿隊には前科者も混じっているらしい、と噂が立つのも無理からぬ様だった。
 稲田は、そっと吐息を吐くと、平時のままに答えた。
「違うよ。うちの隊士の実家で奉公する娘で、寮の方にもよく使いやら何やらで顔を見せる娘だから、放っておけなくてさ」
「へぇ、ひよっこの女の面倒まで見なきゃならんとは、二丿隊の隊長さんは大変だなぁ」
 峰唐山は大口を開けて豪快な笑い声をたてた。その場にいる稲田以外の全員が笑った。
「当て擦りはやめてよ。で、助力はしてもらえるかな」
 問い掛けには、「そうさな」、と思案げに割れ顎を撫で回した。
「俺たちにとっちゃあ見知らぬ小娘がどうなろうと、知ったこっちゃねぇ。大体、人捜しなんざぁ、端から職分じゃねぇからなぁ」
「別に血眼で捜してくれなんて事は言わないよ。ただ、巡回途中で見かける事もあるかもしれないから、心に留めておいて貰いたいってその程度でね。それも駄目って言うなら、せめて、うちの連中がこっちに捜しに来ても、大目に見て欲しいんだよ。勿論、迷惑はかけさせないからさ」
「とは言ってもなぁ、」
「そこをなんとか。同じ護戈仲間じゃない。恩に着るから」
 手を合わせ、拝む真似をする稲田の前に、聞き慣れない高い声がかかった。
「いいじゃないですか。意地悪言わずに助力して差し上げれば良いでしょ」
 声の方を見れば、まだ真剣も持てないであろう少年が、板間にあがってきて口に出したものだった。少年は、峰唐山のひと睨みにさえ平然とした様子で稲田の脇に座ると、茶を差し出した。
「どうぞ、粗茶ですが」
「これはどうも。どうぞお構いなく」
 浮いた存在を奇妙に感じながら頭を下げる稲田を前に、少年は周囲を見回して凛とした声を張り上げた。
「ほら、皆さんもこんな所で油売ってないで、お務めがあるでしょう。巡回に出る時間はとうに過ぎているんですよ。薩田《さつた》さんも、掛井さんも、ほら、宇内《うだい》さんも立って。お話の邪魔になりますから、さあ、行って下さい」
 不思議な事に、気が荒いと評判の四丿隊隊士たちが文句を言いながらも、ほんの子供の指図に素直に従った。労せず最後のひとりまで追出した少年は詰所の戸を閉めると、にこにことした笑顔を浮かべて板間へと戻ってきた。
「失礼をして申し訳ありませんでした。みなさん、ちょっと大人げないところがあるのが玉に瑕で。でも、根は良い人達ばかりなんです。お許し下さい」
「ああ、いや、お気になさらず」稲田は多少ならずとも面食らいながら答えた。「それで、君は」
「申し遅れました。和仁口惣三郎《わにぐち そうざぶろう》と言います。二丿隊隊長のお噂はかねがね耳にはしておりましたが、こうしてお会い出来た事を嬉しく思います。以後、お見知りおきを」
 きっちりと正座をして頭を下げての挨拶があった。言葉遣いもしっかりしたものだ。
「ああ、君が」
 その名は、稲田もここ最近の話題の端で耳にする事があった。
 四丿隊の唯一の良心、と言われていた。武闘派の中にあって、参謀的存在であるとも聞いている。しかし、そのわりには表立って行事にも顔を出さず、四丿隊とは交流の少ない稲田でなくとも、謎の人物とされてきた。それが、まさか、こんなこどもだとは思いも寄らなかった事だ。
「失礼だが、おいくつかな」
「今年、十二になります」
「それは、それは。その年にして、随分としっかりしている」
「いえ、まだまだ若輩者で、色々とみなさんにお世話になっている次第です」
 ちらり、と伺う峰唐山はそっぽを向いて不機嫌そうにしている。何故、護戈の検定も前のこどもが当然の顔をして詰所にいるのか、答えるつもりもないのだろう。
 しかし、それにしても、和仁口少年の澄んだ大きな瞳には理知的な光が宿り、態度も礼儀も、おとなと比べても立派なものだ。素養さえ認められれば、将来有望な護戈衆となるに違いなかった。
 因みに、四丿隊の副官は、先程、少年に追出された左目に縦傷のある男、薩田だ。腕っぷしは強いが、峰唐山の前ではそれも霞む。稲田からしてみれば、特別、何があるという印象はない隊士だった。それも気の毒と言えばそうだが、色々な意味で突出した隊長をもった隊では仕方のない事なのだろう。
「惣三郎」、と峰唐山はぶっきらぼうに少年を呼んだ。「こっから先はおまえが話しな」
「え、でも」
「俺はこういった面倒臭ぇのは苦手だ。おまえに任せる」
「分かりました」
 柝繩衆に作って貰ったばかりの菊の似顔絵が手渡された。
 少年は一礼をして受け取ると、稲田に向かって居住まいを正した。
「綺麗な方ですね。十七歳ですか。お身内の方もさぞかし心配されているでしょう。評定省へは」
「ああ、今頃、出ている筈だよ。ここに来る前に柝繩衆にも話を通してきたんだ」
「そうですね。この都でひとりの人間を捜すとなると、至難の業ですから。凶状持ちならいざ知らず、普通の娘さんならば、色々と手を打って間違いはないでしょう」
「そうだね」
 屈託がなさそうで、その実、手の内を探ろうとしている感触を稲田は感じた。なかなか油断がならないらしい。
「それでなくとも、娘殺しの一件もまだ下手人があがっていませんし。あれも確か、この位の年の方達でしたよね」
「そうだね。関係ないとは思うんだが、万が一という事もあるから」
「あの件については、こちらでも心を痛めているんですよ。ひょっとしたら、うちの管轄で行われた事じゃないかと考えると悔しいですし。それで、何か他に手掛かりはないんですか。いつ頃、どの辺でいなくなったとか」
 おやおや、と稲田は心の中で呟いた。
「それが、はっきりしないんだけれど、昨日、うちの若い者が巡回中にそれらしい娘を見かけていてね」
「どの辺でですか」
「風来橋付近だよ」
「風来橋、ふうらいばし……ちょっと、待ってて下さい」
 少年は立ち上がると、部屋から出ていった。



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