kumo


「なかなか利発な子だねぇ。どこでみつけてきたの」
 ふたりきりになって探る言葉に、意外にも、ああ、と面倒臭そうに頷きがあった。
「護戈になりてぇって、いきなり押しかけてきやがってな。追い返そうとしたんだが、勝手にいついちまった」
「親御さんは? 心配してるだろうに」
「とうに死んだって話だ。親戚の家にいたのを、おん出てきたらしい。面倒臭ぇから、そのままにしてある。まぁ、役にも立つところもあるしな」
 さも何でもない風に峰唐山は言う。
 それを聞いて稲田は、これまで知らなかっただけで、存外、この男は面倒見が良い性質なのかもしれない、と密かに思った。考えてみれば、強面が揃うこの四丿隊は他の隊との協調性はないにしろ、峰唐山を軸にそれなりの纏まり方をしている。
「そりゃあ、拾い物だったねぇ」
 そう答えたところで、噂の主が戻ってきた。手に長い筒を手にしている。
「お待たせして申し訳ありません。東の方の地理までは頭に入ってないものですから」和仁口少年はそう言い訳をして、床に筒から取りだした都全体の指図を広げた。「風来橋は、どこなんでしょうか」
「風来橋はここだよ」
 中央よりやや北寄りの一点を稲田は指さした。
「ああ、本当にこっちとぎりぎりの所だ。じゃあ、西側にいる可能性もあるわけですね」
「うん、最後に見た時はお坊さんと一緒に橋を渡っていくところだったそうだよ」
「お坊さんですか」
「うん。饅頭笠を被った身体の大きなお坊さんらしいんだけれどね」
「饅頭笠のお坊さん……」
 少年は峰唐山を振り返った。峰唐山は、ふうん、と声に出しながら言った。
「そりゃあ、あれかもしれねぇなぁ」
「あれとは」
 稲田の疑問に、少年が答えた。
「数ヶ月前から、北のお堂に修行僧の方がいらしているんです。元はお社だったそうですが、廃れていたところを直されて」
「ああ、最近、そういう話はよく聞くね。古い庵を寺にしたり。でも、許可がいるだろう。廃れたとは言え、元は社だったんだから」
「さあな。取ったんじゃねぇか」
 変わらず投げ遣りな調子で峰唐山は言う。
「だとしたら、意外に緩いもんだね。寺社部って、もっと煩いと思っていたけれど。で、その坊さんてのは、」
「たまに街で見かける程度だ」
「どんな感じ」
「普通の坊主だな」
「皆さん、礼儀正しい方ばかりですよ」、と見兼ねた様子で少年が口を挟んだ。
「信仰に関係なく諷誦文《ふじゅもん》や御明かし文などを受けて下さって、ご祈祷していただけるそうです。荒れていたお堂も綺麗に修繕なさって、最近はお参りに行く人の数も増えていると聞きました」
「ふうん。その北のお堂ってどこ」
「ここです。海風寺という名で」
 細い指がさし示した場所は都の北のはずれにあって、やはり西の区分だ。
 稲田は峰唐山を見た。
「話を戻すけれど、うちの者に直接、心当たりがないかを訊ねに行かせたいんだけれど」
 それには答えなく、少年に向かって顎がしゃくりあげられた。
 構いませんよ、と心得た様子で和仁口少年は笑顔で頷いた。
「それは助かる」
「でも、条件があります。訪ねるのは二名だけで、隊服は身に付けない事。あくまで個人的な事柄として取り扱って下さい。従って、帯刀もご遠慮下さい」
「帯刀もだめ?」
「妙ないざこざがあっては、四丿隊以下、他の隊にも影響がないとも限りませんから。お訪ねするにしても、お坊さん達に迷惑をかけないようにして下さい。無理に立ち入ったり、当然、不法侵入も駄目です」
「心得ておくよ」
 それは、寺社部が動いた時のことを懸念しての話だろう。
 護戈を管理する守戈部と寺社部の相性が悪いのは周知の事実だ。護戈が一方的に嫌われている、と言っても良い。理由ははっきりしないが、ずっと以前から寺社部はこと護戈を目の敵にして、逐一、細かに嫌みらしい態度を取る。それが伝統のように続いている。おそらく、隊士の誰かがどこかの社を壊しでもしたのが原因だろう、というのが稲田の見解だ。
「あとは、」
「まだあるのかい?」
 稲田の軽い抗議の前に、和仁口少年はにっこりと笑った。
「だって、西側もお捜しになりたいんでしょ」
「そうだけれどね。いや、お気遣いありがとう」
「いえ、お気になさらず。困った時はお互いさまですから」
 それから少年は、都の西側の捜索に当っての条件を両手の指の数だけあげて後、峰唐山を見た。
「このくらいでしょうか」
 そうさな、とどこから見ても凶悪な顔立ちが、見え見えのわざとらしさで顰められた。
「そういや、西の廓の女も色々とかしましくなってきやがってな。たまぁに、東から来るってぇひよっこの話が、どうにも耳に入ってきやがる。確か、前《さき》の一丿隊の隊長の甥っ子だとか言っていやがったか」
「はは、それは、それは」
 稲田は苦笑いを浮かべて、首筋に感じる嫌な予感に素知らぬ顔を続けた。
「それがどうにも我慢できなくてなぁ」
 にやり、と大男の薄い口角が上がった。
 これ迄で最も理解しがたく大人げない条件に、稲田は両手をあげた。
「わかった。西の廓には行かせないようにするよ」
 ところが、それには峰唐山は否と答えた。
「俺もそこまでは言わねぇ。たかが、女のお喋りでそこまで目くじらたてるほど了見が狭いと思われちゃあ、恥だしな。それに、お得意を一人なくしたとあっちゃあ、廓のもんにも悪いだろう。ただ、紅里《べにざと》と緋雲《あけくも》から手を引いてくれりゃあ、俺も静かに酒を飲んで楽しめるだろうってそれだけの事よ」
 都でも美女と誉れ高いふたりの太夫の名に、一瞬、稲田も呆れ返った。そして、条件を呑む側としてはさして変わらぬ内容と、野暮の上塗りにうな垂れた。
「分かった。ちゃんと言い聞かせるよ」
「頼むぜ、ひよっこの大将」
 大口を開けて笑う峰唐山の顔を稲田は恨めしく見上げた。
 大人二人の遣取りを傍で見守っていた少年は、複雑そうな表情を浮かべていた。

「おい、こら、待て、おっさん!」それまで黙って話を聞いていた和真は、こめかみに青筋をたてて怒鳴った。「それとお菊ちゃんを捜す事とどう関係がある!?」
「羽鷲、隊長に向かって! 口を慎め」
 黒羽の注意も素通りされる。
「ふざけんなよ、あの岩窟岩山オヤジが! 面だけじゃなく根性まで腐らせたか! だから、余計に女が寄りつかないって事になぜ気が付かない!? あの、糞ったれがっ!」
「いや、末恐ろしいと言うかなんと言うか。あれで訓練生にもなっていないって言うんだから、恐れ入るよねぇ」
「まともに口説き落とせねぇからって他人のせいにするなっ! 手前の面と相談してから言いやがれってんだ、畜生めっ!」
「あれだったら、素養がなくたって充分に務まるよ。峰唐山が手放さないだろうなぁ」
 稲田は罵る声も聞こえない風を装うばかりだ。代わりに、黒羽が声を張り上げる事になる。
「和真ッ!」
「分かってるよ! くそっ!」
「ここは堪えてくれ、頼むから」
 まあまあ、と漸く稲田も他人事のように宥めの言葉を口にした。
「それでも、ほかにも収穫がなかったわけじゃないんだから」
「何か分かったんですか?」
 冷静さを保つ黒羽の問いに、稲田は頷いた。
「分かったっていうか、何か知っているかもしれない程度だけれどね」
「どういう意味ですか」
 それには答えず、二丿隊の隊長は、まだぶつぶつと悪態をつき続けているもう一人の部下に言った。
「というわけで、羽鷲。今度は黒羽くんと出掛けてくるから、もう暫くの間、代行を頼むよ」
 その返事は、勝手にしろ、だった。



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