kumo


拾四

 剃髪の厚ぼったい瞼が特徴的な男だった。どこか堅さのある雰囲気からは、禁欲的な印象を受ける。案内をしてきた隊士といい、この八束という隊士といい、都ではあまり見かけない類の人種だった。
「ご用ですか」
 八束は静かだが、よく響く声をしていた。
「大至急、全隊士に問い合わせをして頂戴。心当たりがあれば、出来るだけ具体的な内容で知らせて欲しいの。お願い出来るかしら」
「承知しました。それで、その内容とは」
 榊は簡潔に、稲田からの依頼内容を伝えた。
「承りました。では、早速」
「お願いね」
 その様子を見ていた和真は、隊によってこれだけ雰囲気が違うものか、と感心した。
 榊に対する七丿隊の隊士達の態度には、絶対的な信頼と尊敬が感じられた。決して、二丿隊でも稲田を軽んじているわけではないのだが、もっと気楽に接している事は確かだ。それは、隊長自身に影響されての事だろうと思う。
「返事が戻ってくるまで二、三日はかかるでしょう。待つまでの間、寮を使って頂戴。後程、案内させましょう」
「ありがとうございます」
「礼には及びませんよ。あなたの事を頼む、と手紙にも書かれてありますから」そう言って、さて、と居住まいを正して彼に向き直った。「随分と無茶をしたみたいね」
 それは、峰唐山と遣り合った事を指しているのだろう。どうやら稲田は、大義名分の務めもしっかりと果たさせるらしい。
 はい、と少しだけ気まずい思いをしながら、和真は頷いた。榊の顔に、どこか面白がりながらも気の毒がるような笑顔が表れた。
「峰唐山くんにも困ったものね。多分、あなたが羽鷲くんの血縁と知っていて試した事だと思いますけれど。それにしても、ふたりとも大人げなかったわね」
「はい。それは反省しています」
「本当に?」
「はい」
「ほんとうね」
「はい」
「嘘じゃないわね」
「……嘘じゃありません。本当に反省しています」
 三度もの榊の念いれにたじろぎながら、和真は答えた。榊は暫くの間、和真の顔をじっと見たあと、にっこりと笑った。しかし、その笑顔は先ほどに比べて、何故か和真の体温を低くさせた。
「では、その反省のほどを見せて貰わなくては。貝塚くん、入っていいわよ」
 戸口が開いて、やれやれ、と言いながら、ひょろりと背の高いひとりの男が入ってきた。
「彼は副隊長を務めて貰っている貝塚くんよ」
 榊の紹介に和真は、はじめまして、と挨拶をした。貝塚という男は、どうも、と面倒臭そうに返しながら眠そうに欠伸をした。
「ああ、失礼。昨晩は遅かったものだから」
「いえ」
 第一印象からして、副隊長らしくない。とは言っても、比べた相手が黒羽や沢木であったりするので、まったく違う種類の人間という事だ。
 貝塚は、一見したところ、稲田と同じくらいの年に見えた。寝起き状態なのか、襟足の長い髪も乱れ放題だ。休みのせいか隊服も身に付けておらず、遠菱柄の着流しの襟元も緩い。それでいて、腰に脇差を一本だけを帯びているところが、ちぐはぐに感じた。しかし、細そうに見えて、よくよく締まった体つきをしているところが、護戈らしい。
「貝塚くん、彼は二丿隊からのお使いで来たのよ」
「へぇ、二丿隊と言えば、稲田のところですか」
 言い方からして、旧知の間柄らしい。むさ苦しいと思える程に伸びた前髪の下、貝塚の視線が和真を捕えたのが分かった。
 榊がほくそ笑んだ。
「誰かに似ていると思わない」
「ええ、今、そう思ってたんですけれどね……ええと、羽鷲さん?」
「あたり」はしゃぐ声が答えた。「彼はね、羽鷲くんの甥の和真くんよ」
 ああ、と貝塚は大きく納得すると、破顔した。
「ひょっとして、子供の頃、いちど遊びに来た坊主か」
「はい、母に連れられてお邪魔しました」
「やっぱりそうか。俺の事は覚えてない? 肩車して、木の上に飛んだりして遊んだんだけれどな」
「ぼんやりと、ですが」
「そうだろうな、あの時はまだ小っさかったもんな。三つか、四つかその位で。それがこんなにでかくなるんだもんなぁ。俺も年取るわけだわ。しかも、稲田の下だって? あいつが隊を任されたと聞いた時にも驚いたもんだったが、へぇ、懐かしいなぁ」
「貝崎くんは羽鷲くんの下で、いつも稲田くんと一緒に悪ふざけをして困らせていたのよ。ほんとうに、ふたりともやんちゃで。今もそう変わらないけれど」
「ひどいなぁ。少しは大人になったでしょう」
 茶目っ気たっぷりの貝崎の答えは、成程、稲田と似ている。
 笑顔を消す事なく榊は言った。
「彼は二、三日の間、滞在しますから寮へ案内してあげてね。それから、よければ、この辺を案内してやってくれって稲田くんからの伝言よ。七丿隊の流儀で。遠慮はいらないそうよ」
「ほお、あいつも人の使い方が分かってきたって事ですか」
 貝塚は和真に、にやり、と笑ってみせた。
「世話になります」
 なにかしら含みを感じはしたが、和真は深い一礼で答えた。
 それから和真は、寮へと案内され、渡された洗いざらしの着物と軽衫風の袴に着替えさせられた。その後、すぐに貝塚に外へと連れ出され、そして。

「動くと余計に沈むぞ。そこは底なし沼だからな」
 にやつく笑みを浮かべて眺める貝塚の前で、和真は泥まみれになっていた。
「笑ってないで、助けて下さい!」
「その程度の状況、自力でなんとか出来なけりゃ護戈は務まらんぞ」
「ひとを叩き落としといてなに言ってんですかっ!」
「まず、足を引き抜く。そして、腹ばいになって体重を分散させながら出るのが基本だ。どうしても足が抜けなければ、土と水の力の両方を上手く制御して身体を上に押し上げろ。都育ちでもそのくらいは出来るだろう。ほれ、頑張れ」
「畜生っ! 覚えていやがれッ!」
 それから半日の間、幾つもの和真の喚き声と罵声が陽山の森にこだました。


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