kumo


廿壱

 いったん務めを離れてしまえば、護戈衆であろうと普通の者たちとなんら変わるところはない。酒が入れば尚更だ。酔いもするし、騒ぎもする。戻った寮の一室で七丿隊の昼番であった者たちに囲まれて、和真も久しくなく賑やかな夜を過した。
 都を離れた地にあって未だ届いていないその様子を知りたがり、幾つもの問いかけが重なった。それは都の隊の様子や人の噂だけでなく、謡歌《わざうた》、小屋にかかる芝居演目、当流の着物の柄や気付け方、小物類までと多岐にわたる。
 知る範囲で和真は出来るだけ答え、また逆にこちらの様子を聞いては感心したりと、打ち解けるまでにそうも時間はかからなかった。
「大体、来る時期が悪い」
 すっかりと酔いの回った七丿隊隊士たちの言葉遣いもくだけたものだ。
「そうなのか」
「ああ、来るならば夏前か、秋の半ばだ。夏前から川魚の漁が始るからな。こいつが美味い。塩焼きと酒があれば、他はいらない。畑の実りもこの頃からだ。秋は茸などの収穫もあるが、鳥や猪、熊の猟が始る。特に鴨だ。鍋もいいが、脂の乗った肉を軽く炙って山葵醤油で食べるのが、これがもう、何とも言えずたまらん」
「へえ、それは美味そうだ」
 口角に溜った唾液を酒で流し込む、その話し振りからして美味さが伝わる。
「兎に角、飯に関してはここは格別だ。都でもそうそう味わえぬ珍味も多いぞ」
「女はいただけないがな。どうだ、都ともなれば美形も多かろう」
「さあ、どうかな」、と和真は薄く笑った。
「たしかに小奇麗な女は多いが、格別というほどでもない。そんなに変わらないだろう」
 それには、「冗談じゃない」、とぶうぶうと反論の声があちこちからあがった。
「珍味好きにはたまらんだろうがな」
 誰かの言葉に、どっ、と笑い声がたった。
 女護戈衆がいれば怒り心頭発しそうな言い様も、たまたまいないだけなのか、男ばかりの気安さに軽口も弾む。
「良いところと言えば、愛嬌のあるところか」
「いや、それでも稀に流民に混じってそこそこ美しい娘もいるぞ」
「しかし、流民では行き着く先は決っているようなものだ。女郎になるか、妾になるか」
「ああ、昔、そういう話があったな。噂でしか知らないが」
「ひょっとして、夕賀の話か」
「夕賀?」ふ、と聞き覚えのある地名に和真は口を開いた。「そう言えば、来る途中、夕賀宿では足を止めるなと言われた。護戈をあまり良く思っていない連中がいるからと。何かあったのか」
 ああ、と急に声の低くなった相槌があった。
「逆恨みだよ。随分と昔のことで、私も噂でしか聞いたことはないが」、と三十を越えたぐらいの歳だろうか、年上の隊士が答えた。「ひと昔ほど前の事か。その辺り一帯のならず者なんかも仕切っている顔役の男が死んで――なんとも無惨な殺され方をしたそうなんだが、そいつが護戈衆がやったんじゃないかって嫌疑がかけられたんだ」
「まさか」
「亡骸は四肢をばらばらにされていたのだが、それだけでは飽き足らなかったのか、袈裟懸けでばっさりとやられたような傷のほかにも無数の刀傷があったそうだ。その上、どぶの中に放り込まれたところを見付かった。首がみつかるまでは、誰のものかも分からない状態であったらしい」
 ふええ、とまだ若い七丿隊の隊士が怖けるような声をあげたところをみると、あまり口にされない類の話のようだ。
「それでどうなったんだ」
 和真の問い掛けに、どうもこうも、と返事がある。
「当然、取り調べはあったんだが、人を斬ったかどうかは刀を見れば一目瞭然だ。七丿隊全員の刀を調べたが、当り前にそんなものは何処にもなかった。殺ったらしい者もいなかったし、大体、殺る理由がない。それで疑いは晴れたんだが、未だにそれを疑って恨んでいる連中がいるという事だそうだ。というのも、その男がいなくなって跡目争いだかが起きたらしい。それで一気に、それまで羽振りが良かった連中が落ち目になり、夕賀宿付近のしま全体が荒れて寂れてしまったという話だ。それまでは、それなりに賑わっていたそうだが」
「それで、下手人は見付かったのか」
「いいや、見付かっていないと思う。恨みを多く買うようなところもあったから、そういった筋の者がやったのではないか、という風にされたのだと思う」
「ありそうな話だ」
 和真が答えると、まったく、とその隊士も同意する。それで、とその横から別の問い掛けがあった。
「で、さっき言ってた流民の女がどうの、って話は」
「ああ、それはその男が囲っていたという女だそうだ。それが、大層、美しい女で、掃溜めに鶴とでもいうのか、都でもそうそうお目にかかれないだろう鄙《ひな》には稀なる美女であったそうだ」
「その男が死んで、その女はどうしたんだ」
 それには、いや、と躊躇う答えが返される。
「私も噂でちら、としか聞いた事はないのだが……その男が殺されるより以前に亡くなったと聞いた」
「美人薄命というやつか」
 ほかの隊士の声に、首が横に振られた。
「あやかしに殺められたという話だ。しかも、家にいるところをやられたらしい。あやかしは、運良く近くにいた隊士が討伐したそうだが、女は間に合わなかったそうだ」
「可哀想に」、「勿体ない」、と幾つも声があがる。
「ああ。だが、本当に可哀想なのは、その子供だろう。まだ幼い娘がいたって話だ。親を亡くして今ごろどうなっているのか。母親似の可愛い子だったらしいから」
 盃を持つ和真の手が止った。まさか、と思う。
「……それはいつの話だ」
「さあ、その男より以前の話だから。十年よりは昔のことだろう。私もその頃はまだここにはいなかったから」
「その当時の事を知る者はいないのか」
「そうだな。三組の話であるし、私も酒の席で一度、耳にしたことのあるだけだから」
「そうか」
「貝塚さんならば知っているかもしれん。が、あの人もあまり昔の話をしたがらないからな」
「ふうん」
 素知らぬ風を装いながらも、和真は顔の面の強張りを感じた。
「何処へ行くんだ」
 立ち上がった先から声がかかった。
「少々、酒が回ったらしい。厠ついでに、少し醒ましてくる」
 早く戻って来いよ、との声を後ろに、和真は部屋を出た。


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