kumo


拾捌


 野太い、獣が吼える様な笑い声が轟いていた。
「こうこなくっちゃいけねぇや! 上出来だ! 上等な祭りだぜ!」
 短髪を剣山の様に逆立てた巨躯が、全身を揺らして笑っていた。目の前には、天に向かって立昇るような角を持つ大蛇の姿がある。全てを押し潰さんばかりの威圧感を前にして、男はあからさまに愉悦の表情を浮かべていた。
「てめぇら、死んでもすぐに化けて出てこい。早いもん勝ちだ。あいつを仕留めるぞ」
 おう、と答える幾つもの返事も威勢良い。
 瓦礫と化した建物を足下に、峰唐山を中心にふてぶてしい面構えの男たちが集っていた。護戈、四丿隊の隊士たちだ。大物のあやかしを前にして、誰ひとりとして怖ける者はおらず、顔には薄ら笑いさえ浮かべている。藍の隊服は絡げられ、はだけられ、まともに身に付けている者などひとりもいない。護りなど何ひとつ必要がないと言わんばかりだ。
 鞘さえ用無しとばかりに、辺りに打ち捨てられている。地に突き立ったそれらは墓標のようにも見えた。
 抜き身の大刀を引っさげ、峰唐山は舌舐りをした。
「いくぜ!」
 うっしゃぁあ!
 声が幾重にも重なり、男たちは一斉に巨大な影に向かって飛掛っていた。



 夜ざくらや浮かれ烏がまひまひと 花の小陰に誰やらが居るわいな……

 小唄の合間の、次、という言葉に、差し出された手から刀を取上げると、次の刀を握らせた。

 とぼけしゃんすな芽吹柳が風にもまれてエゝ……

「散」
 静かな一声の下に、二本の刃先を持つその刀が踊り、目の前にいた『鵺《ぬえ》』が塵に散じた。
 ふむ、とその男、三丿隊隊長白木は唸った。
「どうもよくない。斬った感じ、均衡が悪すぎる。一方をもっと短くする必要があるか。でも、そうすると、二本である意味をなさない。いっその事、刃をなくしてしまった方が……」
 ぶつぶつとした独言に、傍らに立った川中鈴之進《かわなか すずのしん》は不安げな眼差しを上役の男に投げ掛けた。
「あのう、」
「なんですか」
「良いのでしょうか」
「何がですか」
「四丿隊の援護をしなくても宜しいのでしょうか?」
「鈴耶、」
「私は鈴之進です。いつになったら、覚えて下さるのですか」
「別に良いじゃありませんか。鈴耶の方が響きが上品で呼びやすいのですから。次」
 三丿隊副隊長である川中は、これまでも何度も繰返された会話に納得出来ないまま、背に負った靭《ゆぎ》にも似た筒から次の太刀を抜いて渡した。
 渡した先から、長く細い刀の先端が筆先のように優雅に払われた。
「これも駄目。何がいけないのでしょうね」
 巨大な『大首《おおくび》』を軽く散じたにも拘らず、白木は憂鬱そうに言った。
「あなたは峰唐山に殴られたいのですか」
「いいえ、まさか」
「でしょう。だったら、あれは任せて、我々は我々のすべき務めに専念すべきです。心配する必要などありません。こういう時の為に、四丿隊には死にそうにない連中が揃っているのですから」
 しかし、という傍から次の手が差し出される。
「もう、ありませんよ」、と川中は、ぎっしりと刀の詰まった容物を下ろして白木に見せた。その全てに、試し斬りが終った印のこよりがついていた。
 ふん、と不満そうに鼻が鳴らされた。
「これだけ実戦で試せる機会などないと言うのに。評定省がなかなか許可を出さないから」
「試作品を担いでついて走る身にもなってみて下さい。この分だと、肩に痣が出来ています」
「何を言っているんです。あなたは、力があるのが自慢だったでしょう。うちの隊に来た時に、『こどもの頃より、毎日、薪を背負って山道を往復していたせいで足腰が丈夫で、腕力にも自信がある』、と言っていた記憶がありますが」
「よく覚えていますね、そんな昔の話を」
 川中は、恨めしげに一回り身体の小さな上司を見下した。
「そういえば、弓はどうしましたか」
「隊士に配りました」
 ほら、という先から、頭上を越えた矢が近くにいた大百足を刺し貫き、散じさせた。
「槍類は」
「それも配りました。寮を捜せば、少しは残っているかも知れませんが」
 そう口にしてから、川中は、しまった、と思った。だが、出てしまった言葉は、今更、取り消せるものではない。
「では、捜して持ってきなさい」
「でも、」
「あなたが遅くなるだけ被害が大きくなりますよ。行きなさい」
 強ち冗談には聞こえない声が命じた。
 はい、と頷いたものの釈然としない思いを抱きながら、川中は走り始めた。下がりがりかけていた肩を無理矢理に引き起こし、全速力で三丿隊の寮を目指した。
 今度こそ、転属願が聞き届けられる事を祈って。
 脱兎の如く走り去る部下を見送った白木は、さて、と声に出しながら腰にある愛刀を抜いた。そして、玉が零れ落ちんばかりの美しい白刃を満足そうに見やった。
「やはり、これが一番ですか。遣りすぎない程度に片付けましょう」
 刀に話しかけるように言うと、手近に現れた六尺もあろうかという『土蜘蛛』に向けた。

 咲く初花のいぢらしい命をかけてゐるといふ……

 荒れたる渾沌《こんとん》の中、散る花弁に乗せて小唄ばかりがのんびりと流れていった。


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